私的 昭和テレビ大全集
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おやじ太鼓 (1968)

おやじ太鼓

今年は木下恵介生誕百年という事でやっていたようです。
今年ももう残り半月ほどとなって気付いたのですが、
今更ながら、木下恵介作品でワタクシが最も好んで見ていたものを扱いましょう。


誰が捨てたか大太鼓
カミナリ親父の忘れ物
どんどんどどんど どんどどんどどん
どんどんどどんど どんどどんどどん

小鳥はピーヒョロ驚いた
小鹿はビックリ大慌て
虫が起きるぞ大太鼓
みんなブルブルおゝ寒い

ご機嫌如何か大太鼓
そんなに喚くと疲れます
それそれ云はぬ事ぢやない
破れてしまったそれご覧



あおい輝彦が歌う主題歌が小気味よくって、番組が始まると同時にウキウキ気分でした。
本当に好きだった主題歌で、だから主題歌音盤を集める様になってから
必死で探し回っていますけど、まったく噂すら聞きません。
おそらく、レコード化されていないのでしょう。
当時は歌手も局もレコード会社も、テレビ主題歌で大儲けしようなんて
卑しい考えを持っていなかったから、こういう勿体ない曲も多かったです。
「OYAZI」「DAIKO」という二語のローマ字が画面を幾つも動き回る画面でした。

ちなみに、あおい輝彦はこのドラマにも出演していて、
更には少し後の同じ木下恵介枠の主題歌『二人の世界』を大ヒットさせます。
日本語のドラマ主題歌がああまで話題を呼んだのも、あの辺が最初でしょうか。
『柔』あたりはドラマの影響はあまり無くて、ほとんど美空ひばりの力だったでしょうし。
谷啓の『図々しい奴』もけっこう売れたとは思うのですが、当時は売り上げ統計も無く、
あまりヒット曲という扱われ方はされてきておりません。
『若者たち』は大ヒットしたでしょうが、やはりドラマの方は、
内容の評価は高いですけれども、視聴率はそれほどでもなかったようですし。
ドラマと主題歌とで相乗効果を呼んで共に大ヒットとなると、
あれが最初だったと考えて良いと思いますし、その後に続くものはかなり後年となります。
ただ、日本語詞が無い国産ドラマ最初のヒット曲は、『七人の刑事』であります。

さてこのドラマ、その名の通り、主題歌の通り、カミナリ親父が怒鳴りまくるドラマでした。
その親父は、進藤英太郎。
チョビ髭・黒眼鏡で恰幅良く、いかにもの社長。
自分に自信を持っている明治男だから、とにかく押しが強い。
されど子供達は、当時話題のいわゆる「現代っ子」ってやつで、
そんな親父を軽く流しながら、物語は微笑ましく進むのであります。
言ってみれば、世代間断裂ってやつを、非常に明るく、笑いに包んで表現し、
なおかつ、親父の威厳を損ねずに、しかしそんな彼らの時代の終焉を予兆していたと言えます。

日産自動車提供の木下恵介アワー作品で、この枠の始まりは非常に穏やかだった気がします。
たしか縦書きフリップで木下恵介アワーと書かれている画面に、
「木下恵介アワー」という矢島正明の声がかぶさるオープニングでした。
おそらく続けて提供紹介が有って、すぐCMに入っていたと推測しますが、
それらは記憶には全く残っていません。
明けて、先に書いた番組主題歌が賑々しく映り、そのままドラマに突入したのでしょう。
実際、主題歌とドラマは続けて放送していた様な記憶です。

非常に楽しいドラマでしたし、木下恵介枠としては珍しい部類の娯楽ドラマでもあり、
かなりの人気が有った様で、翌年にはカラー化され、続編も放送されました。
なんと言ってもその最大の理由は、進藤英太郎という人のハマリ具合でした。
ただワタクシにとっては、あの主題歌も非常に大きな要因だったんですよね。
あれで心弾んで本編に突入するという経緯が無かったら、
あそこまでは心待ちに見ていなかったと思います。
注目され始めのエレキギターと、ジャジーなブラスの掛け合いがなんとも言えない。
あんな力入った歌を、テレビ番組のためだけに作って流していたんだもの。
一事が万事。なんとも豊かな時代でした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
お金持ちの家
子どもたちの部屋が別棟だったり、正面玄関以外に、出入りする玄関があったり(和風の引き戸の)、大きい家(広い敷地)なのねぇ~って思いました。
園井啓介さん演じる一番上のお兄さんがお見合いする回だったか、もしかして記憶違いかもしれないけれど、とにかく食事の話題の時出たの「舌平目のムニエル」で、舌平目って高級そ~って、子ども心に思ったものです(笑)。
お手伝いさんが二人もいるしね。

2012/12/17(月) 10:42:58 | URL | オリビア
昭和40年代までは、当たり前の様にお手伝いさんがいる家が舞台でした。
結局、制作側にお坊ちゃんが多かったんですね。
脚本家も、テレビ局の人間も。
今でもそうですけど、当初からコネがものをいう業界でした。

鮃のムニエルって言葉、ご馳走の代名詞として往時はよく使われましたが、
この番組が発祥だったのかなあ。
いまだに食べたこと無いですが(苦笑)。

あと、ビフテキもご馳走の代名詞として使われましたっけ。
で、少し前に会社で当たり前の言葉として「ビフテキ」という単語を使ったら、
冗談で言ってると思われたり、若い奴には言葉そのものが通じなくて驚きましたが。
それ以後はなるべく使わない様にしてますけど、つい出ちゃうんだよなあ、「ビフテキ」(苦笑)
2012/12/18(火) 23:13:14 | URL | ごいんきょ
顔真似
子供のとき、進藤英太郎のニカーッと笑った顔の真似が得意芸でした。台詞(声真似)も少しだけ。
大好きで見ていたはずなのに、残念ながら覚えていません。主題歌だけは忘れたことはありませんが。最後の「それごらん〜」のところがスローテンポになるんですよね。
何年か前、その主題歌と冒頭の数分が YouTube に上がっていました。
あと料理関係の話では、このドラマじゃなかったと思いますが、「鯵のムニエル ラビゴットソース」というのを耳にした記憶があります。ドラマに料理は出てきませんでした(作ろうかと話していた場面だけ)が。うちではよく鯵の唐揚げに中華風のたれをかけてくれましたが、私の頭の中ではそれが「ラビゴッとソース」でした。
ごいんきょさん、ビフテキはまだしも、くれぐれも「テキ」とか「ホエテキ」などと言わないように注意しませう。
2012/12/21(金) 06:03:16 | URL | あぶもんもん
あぶさん、物真似が得意のようですね。
動画は今でも有るようです。

ホエテキなんて言葉は無かったですね(苦笑)。
ビフテキは、本当に通じません、今(苦笑)。
知ってる人間にも、「ビフテキって…」と苦笑されました(笑)。
2012/12/23(日) 18:20:31 | URL | ごいんきょ
鰻重
「おやじ太鼓」で思い出すシーンがあります。
”おやじ”の留守中に”おばちゃん”が訪ねてきます。うるさい”おやじ”がいないのを確認して、鰻重の出前をとるのです。そして食べ始めたところに”おやじ”が帰ってきて、「おばちゃん、何ですか!昼間から!!」とカミナリが落ちます。
このシーンがたびたび出てくるので、おばちゃんが出てくると楽しみに見ていたおぼえがあります。あ、「肝吸い」というのもこの番組で覚えました。
2013/02/09(土) 12:48:17 | URL | ゴンベ
はー、そんなパターンギャグが有りましたっけ。
でも、ワタクシも鰻重とか肝吸いとか、この番組で覚えたのかもなあ。
2013/02/09(土) 21:00:50 | URL | ごいんきょ
高円寺のおばちゃん
うな重を頼むのは「高円寺のおばちゃん」ですよね。うな重って当時から高級品でした。
2013/02/11(月) 21:57:29 | URL | かぶたん
当時からと言うか、当時こそ、中国産とか出回ってないでしょうから、
本当にご馳走の代名詞でしたよね。
コンビニ弁当なんかで馬鹿安いのが出回っていると、冒涜された気分になります。
味も不味いし。
2013/02/21(木) 03:43:20 | URL | ごいんきょ
以前のドラマは楽しかった
私も子供の頃から身体に障害かあった事でいつも家族に相手にされず寂しさは何時もテレビで紛らせていた、今思えばあの頃が一番よかったように思える、あの当時は今のようにスマホも無い、インターネットも無かったと思うしテレビが娯楽だったように思える。
2016/01/31(日) 20:05:37 | URL | チャコち
でも、テレビを見られたという事は、或る程度チャンネル権が有ったんですよね。
2016/02/11(木) 22:04:07 | URL | ごいんきょ
おやじ太鼓
おやじ太鼓をホームドラマチャンネルでなん十年ぶりでみています。小学生だったので覚えているのは、お父さんが足の悪い息子に気を使っていて彼だけには怒鳴らないってことと、高円寺のおば様の間の悪いくだり…と、お手伝いさん役の菅井きんさんぐらい。今更ながら子供が7人だったんだ!!とそのキャスティングも含めて驚いています。菅井きんさんは、その後必殺の「婿どの!」を見た時に「あのお手伝いさんだ !」と思ったのを覚えています(笑)
2016/11/08(火) 03:07:03 | URL | やすこ
あ、そう言えば、そういう描写ありましたね!
言われて少し思い出した気になりました。

菅井さんは、どちらかと言うと、あまり気が良くない感じでの出番が多かったですね、あの頃。
2016/11/13(日) 21:49:41 | URL | ごいんきょ
今観ています
再放送でこのドラマを知った世代ですが、まあまあの同世代者です(笑)

このドラマ良いですよね。温かくて、懐かしい感じがします。
今、三男をおやじさんが追いかけているシーンですが、このロケ地は何処かと調べていて辿り着きました。
当時は家庭用ビデオもないから、高円寺じゃなくて適当な場所で撮影したのかな~なんて思っています(笑)

このサイトに出会えて良かった。
ありがとうございます。
2017/02/08(水) 22:54:56 | URL | NON
またホームドラマチャンネルで木下惠介ドラマを放送しているんですね。
2017/02/09(木) 23:32:17 | URL | ごいんきょ
お手伝いさん
菅井きんさんは名優ですね。台詞がアドリブなのか、台本道理なのか、とても自然で関心しています。
あの頃は、皆さん、言いたいことを言う時代だったのでしょうか。時々ハラハラしてみています。
2017/06/03(土) 00:34:18 | URL | たかちゃん
新参者から失礼致します
拝啓 よろしくお願いいたします。この時間に放映されていた「木下圭介ドラマ」、当時小学5年生、やはり再放送が頻繁に行われていた1970年頃、中学生になってから確か、毎週土曜日の午後の再放送を見ていました。何より印象が強いのは「主題歌」でした。このごいんきょ様のサイトに訪問される方々は、皆様解っておられるはずですが、日本初のシンガーソングライターって実は「木下忠司先生」と言われます。中には「加山雄三」と言う説もありますが、明確な間違いと言えます。現実にこの「木下圭介ドラマ」劇中でも、木下忠司先生がピアノ弾きながら歌うシーンも在り、日本のSSWの草分けと言えます。そんな物凄い先生ですから、当然創られる曲はまさに「珠玉の名作ばかり」です。加山雄三等の曲と全く違う所は「プロの作家の作品」と。この「木下圭介30分ドラマ=親父太鼓、三人家族、二人の世界」等など、当時の流行を一部確実に取り入れながらも大切な事は「決して真似らない」事。一部批評では「二人の世界と白いブランコの類聚点」がアップされますが、確かに数ヶ月の差でビリーバンバンの曲が早かった。しかしこの手の「いわゆるロッカバラードのスタイル曲」とは、全て西洋の欧米ポップスが基本であり、良く良く聴けば、本家にはこういう感じの、こういうフィーリングの曲は山積ですね。おそらくは誰が創っても免れないと。この「親父太鼓」は、当時流行っていたグループサウンズのスタイルに、アルトサックスを加え、薄く流れるコンボオルガンと、ド派手なセットドラムスが良いですねぇ。更に効果的なのが「バックをサポートする女性コーラス」なのです。ここで皆様お気づきの通り「ベルカント風?と言うかクラシカルスタイル=発声法の女性コーラス」が加わっています。これは当時「日テレの青春シリーズ=いずみたく作曲の多数の青春物主題歌」でも「クラシカルスタイルのコーラス」が効果的に使われていましたね。で、この当時「どうやら現在の様な、ポップスやポピュラーの発声法に基づく専門のコーラス」が、もしかしたらまだ未完成の時期であり、使われなかったのではないか?と推測されます。 これは当時「千正夫、春日八郎」等の曲でも確認されますが、今聴きますとほぼ違和感があります。この「親父太鼓主題歌」の場合、かえってそれが良かった?のではないかとさえ思えるのです。これをもしも「ポップス専門の発声法やスタイルに基づくバックコーラス」だと、ある意味軽くなりすぎてしまうのでは?と。さすが木下忠司先生ですね。かなり以前お電話で取材させて頂いた際「まず音楽で一番大切なのはメロディー。僕の場合は詩が先に先行し、曲は後から出来ます」とおっしゃっておられました。こうしてまず「歌の世界で不滅の名曲を創作されたからこそ、あの水戸黄門BGMの様な、極めて不思議な独自の名曲を産み出された」と確信しております。なおごいんきょ様もおっしゃられた通り「木下先生専門のコレクター」の方より、親父太鼓のレコード化は無かった」と聞き及んでおります。敬具
2017/06/03(土) 11:54:41 | URL | よしたかくん
二番太鼓
都合で投稿を一区切りさせて頂くつもりでいましたが、他スレに、このブログでは今まで見たことのない「管理者の承認待ち」が出たので、ふと気になってテストを兼ねて最後のコメを。もし拙稿が「無事に」表示されるようなら、一応杞憂ということで一安心できるのですが、このところずっと「ご隠居さん」からのインフォメーションも途絶えているので。

これは阪妻主演の松竹映画「破れ太鼓」のリメイクでしたか。こちらの女中役は賀原夏子でした。主題歌もまったく同じです。映画版で夫人役だった村瀬幸子、野中老夫人を演じていた東山千栄子が、テレビ版にもゲスト出演していたはずです。きんさんは映画でもテレビでも、女中役など何度やったか数えきれないでしょうから、それはお手の物だったでしょうね。木下忠司氏は、この1949年版の映画に「音楽担当」のほか次男役で出演しています。映画のオープニングに主題歌とかぶってピアノを弾く人間の手だけが写るのが、恐らくこれは忠司氏の手ではないかと。映画ネタで失礼しました。
2017/06/06(火) 11:14:41 | URL | 権兵衛
権兵衛様へ 湖面氏感謝を
拝啓 権兵衛様には素晴らしい情報を有難うございました。実は自分も「管理者様の承認待ち、更にごいんきょ様の長期不在」をかなり気にしておりましたから。何事も無ければ嬉しいのですが、、。また権兵衛様には、今回で一区切り等と言わず、どうか永く続けて下さい。勉強させて下さい。今回の「映画版とテレビ版の主題歌が同一」等、全く知りえない情報で、さすがにごいんきょ様の下に集まられる方々のレベルは高いと感涙いたしましたから。こういう素晴らしい情報は皆様と共有してこそ活きる。今後ともよろしくお願いいたします。なお「木下忠司先生」は、どうもギターでは無くピアノを弾きながらのSSWだったと聞き及んでおります。1949年からとなりますと、まさしく日本発のSSWと認定されてもよろしいかと思われます。敬具
2017/06/07(水) 10:52:35 | URL | よしたかくん
「よしたかくん」さま
いや、ご隠居が無事に(笑)復帰されてご同慶の至りです。一安心しました。実は「承認待ち」が出てからもう3年以上「塩漬け」になったままのブログを二、三知っているので、つい変な取り越し苦労をしてしまった次第で。

身に余る遺留のお言葉、誠に痛み入ります。保留中の原稿をあと一回投稿の後、しばらくお休みさせて頂くかも知れませんが、遠からずまた戻らせて頂くつもりですので、その際はまた宜しくお願いします。

ところで、「破れ太鼓」のオープニングは現在、YouTubeにアップされていますので、聴き比べてご覧になれば、「よしたかくん」さまのような膨大な専門知識がおありの方なら、微妙なアレンジの違いが必ずお分かりになるかと存じます。
2017/06/07(水) 18:45:00 | URL | 権兵衛
権兵衛様へ 感謝感激雨霰
拝啓 権兵衛様には、素晴らしいご教示有難うございました。直ちにようつべ見させて頂き勉強させて頂きました処、非常に重要な意外な事が解りました。それは「親父太鼓=破れ太鼓のメロディーは、本来はこの1949年映画版のリズムだった」と。メロディーを良く聴きますと、何か間延び?している様には感じられませんか?以前から何か不思議だとは思っておりました。つまり「何か多少無理してロックにリズムに乗せている?様な」感じがしていたのです。おそらく譜面は4拍子で書かれていた?と推測されますが、この音符ですと、ロックのリズムに乗せるには少々違和感がありました。この破れ太鼓を聴きますと、まさに「松竹管弦楽団とクラシカルコーラスによる、ピアノと歌の古き良き時代のリズムでありアレンジ」でした。つまり「リズムを全面に出さずに、割と派手目な管弦楽がある意味古い、と言うかその時代を表しているオーケストレーションで素直に創られて」いる。そうですこのアレンジこそこのメロディーの本来の形だったとたった今判明致しました。ひとえに権兵衛様の優れたリサーチ能力と、この達人の集まるごいんきょ様のサイトのお蔭様と心より感謝しております。更に「三男平三役で、若き日の木下忠司先生のお姿と、ピアノ演奏」まて見られるとは、感涙にむせび泣きましたよ久々に。本当に有難うございました。これからも必ずご訪問下さい、勉強させて下さい。よろしくお願いいたします。敬具
2017/06/08(木) 14:41:11 | URL | よしたかくん
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