私的 昭和テレビ大全集
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テレビ寄席 (1963)

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♪ あ~んぁがやんなっちゃーった あ~んがぁんが驚いた
  皆さん、こんにちは、もう起きましたかー
  日曜のお昼だよー!! (どっ)
  大正~テレビ寄席の~時間が~来ました~
  どうぞ楽しく~笑って~下さい

なんかロッキード事件もどんどん凄い事になってるよねえ。
何億ってお金が流れたんでしょ?
そのうち五百万くらいあたしのところへ流れてきてもいいんじゃないかって。
コーチャンとクラッター?
紅茶とクラッカーって、おやつの時間だよ。
ねえ?(笑) 日曜のお昼なんだから(笑)。

凄いでしょ、新聞も。
はいいろこうかん!!
ねえ。誰なんだろうねえ。
AとかBとかわかんないよ!(笑)
あれってやっぱり名前を書いちゃマズイのかしら。
きっと誰かが黒なんだろうけどねえ。
今この局で超能力者の人を呼んでるでしょ。
あの人に透視してもらったらいいんじゃないかしら。

♪ 灰色高官 ロッキード
  AかBかと大騒ぎ
  超能力者に尋ねたら
  黒はZと言いました
  あ~んぁがやんなっちゃーった あ~んがぁんが驚いた
 (礼)

「サモンゴールド!
 肉体疲労時の栄養補給に
 鷲のマークの大正の
 サモンゴールド!」

「おぉ~! カプシプラスト
 おぉ~! デカイな」
「鷲のマークの大正の カプシプラスト」
「ホッカホッカだよおっ母さん」「はい~」





知らない人は、いきなりなんだ?とお思いでしょう。
知ってる人も、いきなりなんだ?とは思ったでしょうけど(笑)、
きっと、少し読み進んでお解り戴けたと思うんですけどね。
大正テレビ寄席は、このように始まってました。
まず、舞台左から牧伸二がウクレレ弾きながら現れて拍手。
冒頭のオープニングテーマ?を歌うのですが、
「もう起きましたか」というのが、今ではわからない感覚だと思います。

これは以前も書いた事が有りますが、我が家も日曜は、お昼頃から活動してました。
午前中はラジオを聞いてのんびり布団の中で過ごし、
10時頃からぼちぼち起きる体勢を作り始めるけど、
やっぱりラジオが聞くとも無しに流れていて。
不二家歌謡ベストテンとか、ニッポン放送の日曜午前聴取率が、
昭和も40年代までは、のきなみ20%以上を維持しておりました。
テレビをつけるのは、テレビ寄席から。
これはその時も書きましたけど、当時の日本人は、まだまだ休暇が少なく、
週休二日なんて夢のまた夢。
仕事も高度成長期でギッシリでしたし、たまの休暇の日曜は、
みな休む事に集中してました。特に、我が家のような肉体労働者は。
ラジオ聴取率から考えて、我が家のような感じの家が少なくなかったのでしょう。

これが変わってくるのが、日本テレビでのスター誕生!の開始後。
あの番組は、芸能界の構図も変えましたけど、日本の視聴習慣も変えたのです。
それまでは、日曜の午前中は静かな番組が羅列されてました。
スタ誕の成功後、日曜午前中のテレビ視聴率も拡大されていき、
様々なジャンルの番組が制作されていくようになっていきました。
それと、高度成長を果たしてオイルショックを経て、
諸外国からのバッシングも有って少しずつ日本人も休暇が増えていき、
日曜はそれほど特別な休暇の日でもなくなっていったのが、絡み合っているんですね。
そして、ラジオの時代が完全なる終息を迎えていくのです。

そうなると、「もう起きましたか」という挨拶が意味を成さなくなってくる。
だから末期には、「皆さん、こんにちは、◯月の◯日です」と変わるんですね。
その後に「日曜のお昼だよ-!」と牧伸二が怒鳴るのは同じ。
無理矢理言い聞かせるような顔で、殊更強い口調で言うんですよね、そこだけ。
だから会場がドッと沸く。すると牧伸二がニヤッと笑う。
それだけの事と当時は思ってましたが、ネットで調べていて、
たしかに収録時は日曜のお昼じゃなかったんだなと気がつきまして。
それ故の、牧伸二のあの顔と声だったんだなと、非常に納得できました。

最初からずっと、ウクレレは例の調子で奏でっぱなし。
それでその時々の話題を話しながら、例のやんなっちゃった節でネタに入る。
たしか二本くらいやってた気がしますけどね。
ワタクシが覚えていたのが、透視能力者という触れ込みでNETが呼んだ、
フランスのクロワゼット氏が来日中のネタ。
オチの「黒はZ」という部分だけはハッキリ覚えていたので、
その4字だけを手掛かりに、あとの部分は全てワタクシの創作です。
ロッキードの灰色高官を歌ったのは間違い無いですが。
大体こんな感じでやってたよな-と、雰囲気をお楽しみ下さい。
CMも含めて(笑)。

そしてCMが明けると第一出演者による芸の披露だったと思います。
この出演者が、今にして思えばなかなか凄い顔触れなんですけどね。
と言うより、特にこの番組の初期には、お笑いスター発掘の役割も有りました。
東京ぼん太が特に印象に残ってますけどね。
ワタクシにとって東京ぼん太と言えば、大正テレビ寄席というイメージです。
それから、コント55号もこの番組で名を売りました。
ドンキーカルテットなんかも懐かしいね。
その他キリが無いのでいちいち挙げませんが、そんな感じでお笑いのステータスとなり、
テレビ寄席に出るという事が芸人の憧れでした。
「テレビ寄席に出してやる」って詐欺も有りましたよね。

この番組のディレクターだった山下武は、柳家金語楼の倅。
おトラさんの稿で少し書きましたけど、けっこう複雑な家庭事情ですので(笑)、
山下の方はあまり金語楼を出したくはなかったようですけどね。
それでも上の方から言われたのか、二回くらい出演したんだっけな。
寄席とは付いているけど、本来の寄席の花形である落語家はあまり出ない。
金語楼だって、落語家というよりTVタレントでしたしね。
漫才、漫談の人が中心だったと思います。
これは、きっと色物側だった牧伸二への気遣いが有ったんだろうと思いますけどね。

そうこうするうちに、第一コーナーである『マキシンのロンパリルーム』。
勿論ロンパールームのパロディでしょうけど、
あの番組が始まる前はどんなコーナーやってたのかな。
マキシンって、1文字減らしただけじゃねぇかって思いましたけどね(笑)。
オルガン伴奏に乗って左側からマキシン登場。

♪ むーすーんーで ひーらーいーて 手ーをー打って むーすんでー
 ま~た開いて!(どっ) むーすーんーで そーのー手を上に~

まーた開いての部分で、思いっ切り股を開くんですよね。スカート姿で。
先生役になりきって、女装なんですよね。
男がスカート姿で思い切り股開くからね。
毎週毎週おんなじ事をやっているんだけど、会場は常にそこで爆笑。
その部分の記憶だけが強烈で、どんなコーナーだったかはよく覚えてません。

そして二番目の演し物が終わった後ですか、第二コーナー。
♪ バーゲーンだよ~
という裏声というかコンピューターっぽいというか、
作り声の掛け声に続けて タカラッタッタ タカラッタタ と
マーチングドラムに乗って、左からマキシンが台を押して現れる。
それは東京コミックショーのパロディなんでしょうね、
上に洗面器を引っ繰り返して3つ乗っけてあるやつ。

で、マキシンが順に洗面器を開けると、中に他愛も無い物が入っている。
例えば束子とかね。
「さあ、これを買って戴きましょう! まずは百円から!」
とかマキシンが言いながら、手に持った聖徳太子みたいな棒で台を叩き、
「百円!」と叫ぶと、会場の人が「500円」「千円!」と手を挙げて競り上げていく。
ピンクのダボシャツ・腹巻き・ステテコ・捻り鉢巻のマキシンが、
それにいちいち「500円」「千円」とか、棒で確認の指差しをする。
いきなり「五千円」とか一気に上げる人がいると驚いた顔で「ご、五千円!?」
とか聞き返し、会場からも「おぉ~」という響めきが起きてました。

マキシンも、あまりに値が上がると「本当にいいの? 知らないよ~」とか心配する振りしてね。
例えばですけど、束子一個に五千円とか、普通に有りましたからね。
で、競る人がいなくなると、「はい五千円!」とマキシンが指さして、
満場の拍手の中、その人が壇上に上がってくるわけです。
彼が財布から五千円を出している最中、
「これ一個に五千円も出して本当にいいの~?」と追い打ちをかけるマキシン。
「大丈夫です」とか言いながら、その五千円は台の上に有るあゆみの箱の中へ。
あゆみの箱って無くなりましたね。当時は、いろんな番組で見た気がしますが。

で、マキシンが「じゃあ、これ持って行って下さい」と束子一個渡して、返そうとする。
「これで洗濯とか出来るでしょ」なんて言いながら。ちょっと心配そうになる購入者。
「これ一個で五千円じゃ可哀想だよね。じゃ、これも持って行って下さい」
と手を振り上げるや、奥の院から堂々登場する洗濯機一台~!
まだまだ全自動洗濯機なんて普通には無い頃でしたが、
最新型の二層式洗濯機だって、なかなか高嶺の花って頃です。
うちだって、たらいで洗濯板とか使ってましたからね、まだ。
だもの、会場の「おぉ~!」ってどよめきも凄いものでした。

こんな具合で、大概は、物凄くお得な買い物だったのです。
ウイキペディアではそこそこの値段のものとか書いてありますけど、
ちょっと違うんじゃないかと思いますね。
ワタクシは毎週毎週、あのセールが羨ましかったですから。
番組末期には、もう日本も物が溢れ出した頃合いで、
そんなに高価な物も出せないだろうし、値頃感の方が強かったかもしれません。
しかし、少なくとも昭和40年代か50年代そこそこまでは、
物凄く豪華なコーナーという感じでした。

もっとも、3つ有る売り物のうち、そんなに凄いのは大体が最後の一つ。
途中の二つのうちの一つくらいは、オチというか、
オマケの品もそんなに大した物じゃなかったりして、
可哀想になと思った事もちょくちょく有ります。
まあ今にして思えば、或る程度は事前に決まっていたんだと思いますけどね。
競り合いが止まらなくて収拾がつかなかったって事は、無かったと思いますから。

番組末期には、チューケンっていうのに替わったんでしたっけ。
「ハチ公顔負けチューケンホイ!」ってマキシンが叫んで、
出場者同士でジャンケンするっていうコーナー。
あれがロンパリルームの替わりだったか、バーゲンの替わりだったか。
そんなこんなで番組最後には、また冒頭の姿に戻ったマキシンが、ウクレレ弾きながら登場。
日常的な話題から話をして、最後の挨拶をして、満場の拍手で終了という流れでした。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
エバポン
 毎週見てました。
 バーゲンセールのBGMは「マルタ島の砂」じゃなかったでしょうか。
 親に連れられて新宿の「ドラキュラ」という酒場に行ったら牧伸二が隣のテーブルにいてビックリしました。
 番組の内容はあまり覚えていませんが、うちのトイレ(もちろん汲み取り)の消臭剤エバポンの匂いを条件反射で思い出します。
 針すなおが毎回、出演者の(?)似顔絵を描いて番組の最後に見せていたのはこの番組でしたっけ。
2013/05/04(土) 02:16:12 | URL | あぶもんもん
あ、ちがう
「マルタ島の砂」は昭和48年ごろの「つかみどり」コーナーのBGMだったような気がします。ウィキには「軍艦マーチ」と書いてありますが。
2013/05/04(土) 02:20:47 | URL | あぶもんもん
じんじろげ
牧伸二の女装で思い出しました。マキシンのじんじろげ、この番組で歌っていたでしょうか。森山加代子とはちょっと違うバージョンでしたね。(ひっかりこまたきワーイワイの所とか)
2013/05/04(土) 03:31:18 | URL | あぶもんもん
バーゲンセールの時間だよ~ッ
このフレーズ、日曜日の昼間になると今でも想い出します。ごいんきょさんがおっしゃるとおり、ものすごい豪華な品物を後で出してくれました。子供だったので牧伸二さんが自腹で出していると思ってました。そんなわけないですよね。
2013/05/04(土) 05:38:25 | URL | とらお
経緯や理由はさておき関西では全く放送されなかったのが実に残念です

この番組が関西にネットされなかった経緯は今までも再三事あるごとに取り上げているので、今更グダグダ書きませんけど、何にしても関西では全く見る事が出来なかったのが実に残念です。
お陰でこの番組の関西での認知度は「ナボナはお菓子のホームラン王です」や「二木の菓子(と系列の二木ゴルフ)」といった関東ローカルCM並に留まっていました。
当時、NETとも番組のやり取りがあったサンテレビ(現在は阪神戦中継や高校野球中継と甲子園絡みでABCとの関係が深くなっています。)やKBS
近畿放送(民事再生法に依る更生以降、事実上関西テレビの子会社となり、又、会社更生にフジも協力した
関係でフジのローカル番組や関西テレビ非ネット番組が(あたかも関西テレビ第2放送の様な格好で)幾つか流されています。)に番販ネットという形は出来なかったものか?と未だに思いますね・・・。

牧伸二さん個人は他の演芸番組にも頻繁に出ていましたので、関西でもそれなりの知名度はありましたけど、司会者としてのイメージは全くと言って良いほど無かったですね。
最後に牧さんのご冥福をお祈りします。
なんであんな事になったのか・・・。
2013/05/04(土) 10:33:35 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
ちなみにこの番組でお馴染になった「あゆみの箱」ですが
慈善団体としては現在も継続活動していますよ。
私も少し取り上げた事もある竹中労氏が、「要は森繁の自己満足の為の偽善団体」的なスタンスで事あるごとに痛烈な非難を浴びせたり
(竹中さん、森繁さんが大っ嫌いだったから(笑))と、言わば「喧嘩屋」の俎上に
上げられる程の知名度と社会への影響力も一時期ありましたから、草の根レベルの地道な活動が主の現在では無くなってしまったと思われても仕方ないでしょうけど。

下にあゆみの箱HPも記しておきますね。
ttp://homepage3.nifty.com/ayuminohako/

ちなみに私はあゆみの箱の関係者では断じてありません(笑)。
2013/05/04(土) 11:05:47 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
雀の学校
 コーナーの一つで「チーチーパッパ チーパッパ 雀のガッコの先生は むーちを振り振りチーパッパ」が歌われていたような気がするんですが、記憶の彼方です。他の番組と混同しているかもしれません。
2013/05/04(土) 15:59:38 | URL | あぶもんもん
スポンサードネット
>TXが無いテレビなんて・・・さん
何故大正テレビ寄席がネットされなかったかと言うと、MBSでやってたサモンお笑い劇場(吉本新喜劇)が大正製薬の提供(企画ネット扱い)だったからです。
もっともテレビ寄席開始前から大正製薬はMBSの新喜劇中継の提供をしていたのですが…
そういえば、末広演芸会はサンテレビとKBS京都でもやってましたね。
KBSでは同時ネットでサンでは異時ネットだった記憶があります。
2013/05/04(土) 21:53:14 | URL | 鳥飼
● あぶさん
マルタ島の砂、聞いてみましたが、ジリオラ・チンクエッティの雨にソックリで驚きました(笑)。
掴み取りのBGMだったかなー。ちょっと結び付かないです。
軍艦マーチもあまり結び付かないですけど、わからないですね。
針すなおさんもじんじろげも雀の学校も、別の番組じゃないでしょうかね。
雀の学校は、もしかしたらロンパリルームの前だったのかな。


● とらおさん
大型冷凍冷蔵庫とかドーン!と出してましたからね、三千円くらいだったと思いますけど。
とにかく、商品が出ないズバリ!当てましょうよりも、こっちの方が豪華と思ってました。
だから、後から思い出しましたけど、競り合いが続く時もやっぱり有って、
そういう時は、適当な所で牧さんが、じゃあジャンケンで決めましょうって促してました。
いくら損はしなくても、あまり値が上がると豪華感が薄れますからね。
で、その場で数人が立って、じゃんけんで決めてました。


● TXさん
経緯も理由も、おそらく関西人の意地なんだろうと思うんですけどね(笑)。
関東もんのスカシた連中のやる事なんぞお笑いやないってな。
ナボナとか二木の菓子って、そんなに有名ですか。
ナボナはわかるけど、二木の菓子は関東でも見た事ない人けっこういると思いますが。
スポンサー色の強い内容ではなかったですけど、やはり『大正テレビ寄席』というのが
半ば番組名として認知されてましたから、番販も難しかったかもしれないですね。

あゆみの箱を見なくなったというのは、勿論テレビの中でという事ですが。
24時間テレビとか、局で直にやるようになったのも影響してそうです。


● 鳥飼さん
と言うか、テレビ寄席が有るのに、何故それをネットしないんだという事なんでしょけど、
やっぱり関西人の意地としか思えないですけどね。
まあ、こちらでも『素人名人会』とか見られなかったのは多いですし。
2013/05/05(日) 16:24:45 | URL | ごいんきょ
マルタ島の砂
 ジリオラ・チンクエッティとはまた記憶の彼方から懐かしい名前を思い出させていただき有難うございます。当時私はシルビー・バルタン一筋でしたが、チンクエッティも確かシングル一枚ぐらい持っていたような・・・曲名忘れましたが。
 「雨」と似ている部分は分かりませんでしたが、マルタ島の砂は、当時いくつかの番組の色々なコーナーで「それいけー・・・ハイやめーっ」というBGMとして使われていたと思います。エンドレスの繰り返しがたまりません。フェイドアウトして「ハイやめーっ」ですね。運動会でも使われたでしょうか。
 上のコメントに意味不明の題をつけてしまいましたが、消臭剤エバポンは、ワシのマークの大正製薬のエバポンです。
2013/05/05(日) 23:10:52 | URL | あぶもんもん
エバポン、初めて聞くんですよね(笑)。
うちでは使ってなかったのは勿論、CMもまったく記憶に無くて。
お昼時ですし、この番組ではCMやってなかったんじゃないかな。
2013/05/06(月) 19:28:54 | URL | ごいんきょ
針すなお
 ごいんきょさんのおっしゃる通り、針すなおが似顔絵を描いていたのは別の番組だったと思います。進行役が牧伸二ではなくて局のアナウンサーだった記憶が甦りました。局はたしかNETだったと思いますが。
 客席の後ろの方の一番端に進行役と針すなおが立って、完成した似顔絵を見せ、観客が競り落として買うというのを毎週やっていたような記憶があります。寄席番組でしたが、司会進行は、なんか真面目というか地味な感じでした。
2013/05/08(水) 13:22:45 | URL | あぶもんもん
皮肉なめぐり合わせ
この番組、ごく初期をのぞいて関西では全く放送されていませんでしたが、実は皮肉なことに、関西の芸人も結構頻繁に出演していたのでした。かしまし娘やレツゴー三匹などをよく見かけましたが、後続番組とのつながりか、はんじ・けんじ(ダイビング)やいとし・こいし(がっちり、末期には裏番組となったが)も常連だったようです。
しかし、番組最多出演として出る度に紹介を受けていたのが、もとより他局の番組「家族そろって」の司会者だったてんや・わんや(これは東京芸人)というのも又皮肉なめぐり合わせです。
2013/05/08(水) 13:40:14 | URL | うみがめ
それ、よその商品!
「歌まね読本」のところで、そのスポンサーのトクホンが今は大正製薬の子会社になったというコメントがありましたが、それでこんなことを思い出しました。
バーゲンセールの時に、商品にまつわるヒントを出して、それが何であるかを答えさせていましたが、「肩こり」というヒントに対し、「トクホン!」(だったと思うがはっきりとは聞き取れず)と答えた人がいました。すかさずマキシンさん、「それ、よその会社の商品!うちはメンフラだ!」と突っ込んでいましたっけ。
もしかしたら、はっきりとは聞き取れなかったのも、不適切発言として音声カットとなったからかもしれません。
2013/05/08(水) 13:49:46 | URL | うみがめ
末廣演芸会では・・・
針すなおさんの似顔絵は記憶がないのですが、NET、司会がアナウンサー(確か馬場アナ?)客席に立つ。のキーワードで末廣演芸会を思いつきました。日曜の午後は他局を含めて演芸番組が多かったですね。
2013/05/08(水) 20:10:28 | URL | とらお
針すなおさん
針すなおさんが似顔絵を描いていたのは,NHKの「お好み演芸会」です。このHPの「お好み演芸会」の項を見ると,番組後期の思い出が語られていますが,私はそれよりも前の時代,米丸さんが司会をしていた頃が懐かしいです。針さんの似顔絵コーナーや,「はなし家横町」という大喜利のコーナー(小三治,伸治,圓弥,小朝など)がとても印象に残っています。
2013/05/09(木) 10:55:33 | URL | pooh
お好み演芸会!
>pooh さん

 桂米丸による司会や「はなし家横町」という名前、うわ〜っとよみがえりました!
 桂文朝も出ていましたね!
 三遊亭圓弥は毎回、自己紹介で必ずお決まりの「まぼろしの落語家、三遊亭圓弥です」と言って笑いを取っていました。文朝も何か自己紹介のフレーズがあったような気がします。圓弥も文朝も亡くなってしまったんですね・・・
 すると、スタジオ録画ではなくどこかの寄席でやっていたんでしょうか。客席の袖で、針すなおの隣りに立っていたのは米丸?・・・まだそこまでは思い出せません。なんかアナウンサーだった気も・・・そういえば NHK らしいアナウンサーのような気もするんですが。
 思い出してきたのは、針すなおが似顔絵を描いていたのは出場者ではなく観客の一人だったことです(だったと思います)。番組の最初の方で、描いてほしい人が手を挙げて、司会が選んで、その人と針すなおだけ別室へ(?)行き、番組の最後に作品を見せて、描いてもらった客がそれをもらうというパターンだったように思います。
2013/05/09(木) 15:23:10 | URL | あぶもんもん
吉本新喜劇
 は、関東(栃木県)でも見られました。テレビ寄席との間に確執があったとは知りませんでした。松竹新喜劇、吉本新喜劇、どちらも短い期間だったような気がしますが。関東モノの目から見ると、なにか違う種類の笑いという感じで、楽しみに見てました。
 花紀京の「え・げ・つな〜」というフレーズが耳に残っています。当時は関西弁を知らなかったので、てっきり大阪には「えげつだ」という言葉があり、「そんな無茶な」と言うのと同じように「えげつな(事を!)」というんだと思っていました。
2013/05/09(木) 17:18:37 | URL | あぶもんもん
大ベテランの桜井長一郎、愛人に刺殺された佐々木つとむ、涙の操がヒットする前のコミックバンドだった殿様キングス、それから カプシプラストのCMには、前川清のお母さんも一緒に出演していましたよね…懐かしいです、ほんとに
2013/05/09(木) 19:44:38 | URL | 大岩雷太
その後に更に思い出した事を追加します。
ロンパリルームでは「ま~た開いて」が笑い所だったのは書きましたが、
コーナー開始後数年して、認知度が上がってからは、
♪ 手を打ってむすんで 来たわよ まーた開いて!
って、間に言葉を入れるようになったんですよね。
で、そこから笑って(笑)。


● うみがめさん
てんわんさんが最多ですか。
そんなに印象無いんですけどねえ。
やっぱりピンの人の方が、ワタクシは印象に残ってるんですよね。
東京ぼん太さん、早野凡平さん、ケーシー高峰さん、桜井長一郎さん、伊藤一葉さん等々。
「それ、よその会社!」ってのは、言われればなんか言ってた気がするな。
なんだろう、バーゲンの時には、客席が商品名を言うような場面は無いはずなんですがね。
オマケの品でも当てさせたのかな。


● とらおさん
末広演芸会も、絶対にいつか扱いたい番組です。
針すなおさんが出ていたとは思えないですが。


● poohさん
花の落語家六人衆の前のお好み演芸会は記憶に無いのですが、
調べてみたところ、初代司会は小三治さんのようですね。
その後、ご指摘のように米丸さん司会となり、針さんのコーナーもできました。


● あぶさん
他の出演者は、柳朝さん、柳昇さん、円右さん、桂伸治さん等です。
新喜劇やってましたか。まったくワタクシの視界に入った事が無いですね。


● 大岩雷太さん
殿様キングス、大好きだったんですよ~、オサムちゃん。
だから、歌がヒットしたのは嬉しかったんだけど、その後まったく演芸やらなくなって、
非常に失望したんですよね、当時。
2013/05/09(木) 22:20:17 | URL | ごいんきょ
末廣演芸会
 ↑上の私のコメント、とらおさんが書かれたのを読まずに書いてしまいました。すみません。
 私も、なんか会場の雰囲気からすると末廣演芸場とかそんな感じかな、とも思うんですが、「針すなおさんが出ていたとは思えない」
ごいんきょもおっしゃっているので、霧の中です。
2013/05/10(金) 13:54:54 | URL | あぶもんもん
吉本新喜劇と松竹新喜劇
 昭和43〜47年ごろの間のごく短い時期、とくに46、47年頃だった可能性が高いです。不定期だったかもしれませんが、枠としては日曜の昼〜午後、いや、私の記憶では土曜日の午後1時か2時だったようにも思えます。吉本と松竹の新喜劇を交互にやっていたのか、頭の中でごっちゃになっています。同じ時間帯に吉本だったり松竹だったりしたので、当時、「あれ、今週は題名がちがう」と何度も思った覚えがあります。
 花紀京という名前、なんだか他のテレビに出て来る人たちの名前と違うな〜と思っていました。どこまでが苗字なんだろう、それとも苗字・名前じゃなくて全体で名前なのかな、と。(笠智衆は笠・智衆だろうな、とわかりましたが)
2013/05/10(金) 17:02:51 | URL | あぶもんもん
東急文化会館
テレビ寄席の収録が行われていたのは、渋谷の東急文化会館で、屋上には、東京周辺の小中学生の社会科見学の定番コースのプラネタリウムがありました。

現在、文化会館は解体されて、跡地には、あの渋谷ヒカリエが建っています。

地下5階に、悪名高き(?)、東横線と地下鉄副都心線のホームがあります。

将来的には、銀座線の渋谷駅もヒカリエの中に組み込まれるそうで(今の駅より表参道寄りになります)、渋谷名物の、高いところを走る銀座線も見られなくなりそうです。

街の発展や、混雑の緩和には必要なことだとはおもいますが、渋谷から、昭和の風景が急激になくなりつつあることは確かです。
2013/05/12(日) 21:45:43 | URL | 10000k
● あぶさん
まったく素通りしていたようで、タイトルすら記憶に無いです。


● 10000kさん
五島プラネタリウムですか。
戦後間もない頃、関東でもプラネタリウムをという関係者の熱意が実現したんですよね。
強盗慶太も、たまにはいい事にお金を使ったと(笑)。
ちなみに、あそこで解説をやっていた人が、後にTBSの百万円Xクイズで司会に抜擢される訳です。
ま、古すぎる話で誰にも通じないでしょうが(苦笑)。
2013/05/12(日) 22:06:48 | URL | ごいんきょ
五島プラネタリウム
 懐かしいですね。座席はどれも中心の投影機の方を向いていて、私はあの配置が、サンシャインのように一方向を向いている形より好きでした。
 土曜日の最終プログラムは科学的な解説じゃなく、クラシックを BGM にロマンチックな内容で、入場口に通じる階段には下の階の方までアベックが一杯に並んでいました。私はそこに並んだことがあったかどうか忘れましたが(笑)。
 東急文化会館。5階には三省堂が入っていて、そこで漫画を立ち読みした後、喫茶店(店名は「マウンテン」だったでしょうか)で一休みしてプラネタリウムへ。というのは覚えがありますが。しかし、月曜日の夜にあのビルでテレビ寄席を収録していたとは全然知らずに歩いていました。
 「チロリアン」の記事で桃さんが書いていらっしゃった「ユーハイム」は1階の、歩道から入れる方にあったでしょうか。東急文化会館、もう無いんですね。テレビとは関係ありませんが、書かせていただきました。
2013/05/13(月) 21:52:12 | URL | あぶもんもん
TBSで1970年頃、半年間放送されたお笑い花月劇場(ABC製作)では?
TBSでも1970年頃に1年あまりの間、土曜の午後に放送されていた様です。
後、関東の独立局(テレビ神奈川とか)での放送もあったかもしれません(こちらは未確認)。
2013/05/14(火) 01:42:05 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
>TXが無いテレビなんて・・・さん
 そのタイトル、たしかに記憶にあります! ありがとうございます。
 もしかすると、番組(中継)の中で「吉本新喜劇」という文字を見ただけだったかもしれません。ただなんとなく新聞のテレビ版でも「吉本」「松竹」をときどき交互(?)に見たような気もするんですが。なにしろ「えげつな〜」以外に内容を覚えていないもので
 ここまで書いたら、とつじょ稲妻のように蘇りました。
 芦屋雁之助の「わてが雁之助だんねン ア゛ァ、ア゛ァ、ア゛ァ」も、たしかにその番組で見ました。花紀京もそうですが、大阪のお笑いはちょっと違うなーと感じていました。松竹の方をやった週は、当然ながら藤山寛美も見てました。
 テレビで藤山寛美を見たり、ルーキー新一の「いや〜んいや〜ん」を見たりしたのは、私の場合、この番組「?」でだったような気がしてきました。
 そうそう、最初テレビ版でタイトルが変ったのを見た時は、「吉本〜」という一座が名前を変えた(あるいはその反対?)のだと思ってしまいました。
2013/05/14(火) 02:33:29 | URL | あぶもんもん
お好み演芸会
初期のお好み演芸会はどこかの寄席からの中継録画のような作りになっていました。私の記憶にあるのは米丸師匠が司会をされていたころからです。

米丸師匠が大きな声で「針すなおの似顔絵コーナー!」といって針すなおさんが登場されていました。選挙事務所でみかけるようなダルマの背中に似顔絵を描くコーナーなのですが、出演者の中から1組と、会場のお客さんの中から1人、合計2つの似顔絵を描かれていました。

てんやわんや師匠の時は、針さんはいつも「今日はとてもラクでした」と笑いながら言ってました(わんや師匠の頭髪を描く必要がないという意味)。

「はなし家横丁」の始まる直前に、会場のお客さんの中から似顔絵を描く人を選び、「はなし家横丁」終了後、その似顔絵を披露するというパターンでした。

「はなし家横丁」のコーナーの司会(月番)は小三治が不動のメンバーでしたが、回答者は何度か総入れ替えがあったように記憶しています。私が見始めたころは柳朝、柳昇、円右の各師匠がいて、小あささんが笑点の山田君みたいな役割でした。その後、伸治、文朝、金馬、歌奴、円弥の各師匠が登場し、どこかで小あさ改め小朝師匠、大阪から枝雀師匠が入られました。
2013/08/25(日) 00:00:06 | URL | つかさん
毎日放送、永六輔
まだ腸捻転ではなかったころ
この番組の関西でのネットは
MBSでした。
何の事情かはわかりませんが 
途中でMBSが打ち切りに
なりましたよね。
そのことについて
永六輔さんが江戸笑芸を否定する
放送局だ 僕はもう毎日放送には
出ないと激怒した話は有名ですが。でも腸捻転解消後の昭和50年
MBSからABCにネットチェンジしたあとも
大正テレビ寄席はABC朝日放送ではネットされてはいなかった
みたいですよ。
永さんはいまだにそのことを根に
持ってるのかな。
ただ毎日放送がネット打ち切るのは残念だとは思います。  
 
2013/12/17(火) 11:54:32 | URL | サイドスロー
● あぶさん
プラネタリウムもデート地の定番だったかもしれないですね。
ワタクシは一度も行った事ありませんが(苦笑)。


● TXさん
ありがとうございます。


● つかさんさん
貴重なお話ありがとうございます。
お好み演芸会のスレもございますので宜しくお願いします。


● サイドスローさん
関西人は、特にお笑いでは東京モンには譲れんってな思いが有りそうですね。
ただ、あの耳障りな関西弁が中央部も占拠してしまったのは、
日本の文化全般にとっては、非常によろしくない事だったと思ってます。
関西弁が耳障りだと言っているのではありません。
柔らかい関西弁は、とても聞き易く、美しい言葉だと思ってます。
2013/12/23(月) 12:28:45 | URL | ごいんきょ
聞きとうない聞きとうない
 両手で耳を覆ってソッポ向いて「ああ〜聞きとうない聞きとうない」というギャグは誰のでしたっけ。テレビ寄席じゃなくて、吉本新喜劇か松竹〜か、TXが無いテレビなんて・・・さんの教えてくださった花月お笑い劇場かもしれません。花紀京? 土曜日に学校から帰って1時か2時ごろ見ていたような気がしてきました。
2014/06/26(木) 15:07:15 | URL | あぶもんもん
なんか有った気もしますが、関東でも流行ったかな。
テレビ寄席には関係なさそうな。
2014/07/03(木) 06:48:50 | URL | ごいんきょ
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