私的 昭和テレビ大全集
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マルマン深夜劇場 (1962)

該当番組画像募集
レコード版発売記念企画、金曜夜のTBS特集です。
今回は番外編的な、金曜夜番組というわけではないけれど、
金曜の夜「にも」放送されていた、この番組です。
実はこの番組、当時世代には非常に有名で、試みに検索すると
結構な数の人が記憶を書きとどめております。
ですが、きちんとした情報は、ワタクシはみつける事が出来なかった。
これほど多くの人が記憶しているのに、
何故、これまで誰も、何処も、実像を伝えられなかったのか。

その最大の理由は、この番組が当時としては非常に珍しい、
日を跨いだ深夜番組であった事。
加えて、きちんと独自制作された番組ではなく、
ただ映画を放送するだけの枠であったからです。
昭和37年放送開始とけっこう古い番組なので、
当時大人だった人はなかなかネット出来ないかもしれませんし、
当時子供だった人には、平日深夜のこの番組の全貌を把握するのは不可能だったでしょう。
また、独自番組ではないため、これまで発売されてきた多くのテレビ資料でも語られず、
当のTBS社史ですら、まったく触れてきておりません。
三井奥様劇場と、ほぼ同じ様な、テレビ史の木陰に咲く花であります。

♪ ぱーららら~~ ぱーららら~
車から降りた男女が映画館に入っていくオープニング映像に、
レオン・サンフェニエットのトランペットが切なく響く。
この叙情的な情景を記憶する人、ネットに多数。
そして、♪ 夜ぅよ~ 夜ぅよ~ と中原美沙緒が歌う『夜は恋人』が流れる。
0時を目前とした本当の深夜によく合った演出と主題歌は、
いずれTBSに発掘、採り上げて貰いたいものです。

これぞ、おそらく日本初の「テレビ深夜番組」。
にも関わらず、前述のような理由で、テレビ史でまともに採り上げられてはおりません。
ま。そのうちウィキペディアが採り上げて、それを多くが見て再評価されていくかもしれませんがね。
とにかく、世上、これまでは、日本テレビの井原高忠が11PMを企画した際に、
「テレビの売り場面積は24時間しか無い」と言った名言が闊歩してしまい、
11PMこそが深夜番組の嚆矢という認識になってしまいましたが、
それよりはるか数年前、TBSが既に開拓していたのだ、という事なのです。
どうです。我が個人誌、「TBS社員必見!?」と謳っただけはありましょう?(笑)

当時、映画会社五社協定の一角だった新東宝が倒産。
これを受けて大量処分された新東宝の映画が、TBSにどっと流れてきました。
そうした、当時のテレビでは通常なら見られない「国産映画」を、
なんと連日連夜放送していたという、その後では考えられない豪華な枠だったのです。
それだけに止まらず、洋画の名作も次々と開拓。
映画好きの人々には、至福の時間帯だったであろうと容易に想像されます。
いつまで放送していたかは不確定ですが(個人誌では私見を記述)、
少なくとも昭和40年代初頭までやっていたのは間違いありませんので、
かなり息の長い枠だったのです。故に、記憶している人も多いのでしょう。

当時、こんな遅い時間に誰が見ていたんだ?
実は、主たる標的は夜の商売の人たちだったようですね。
そういう類の人たちからヒットが生まれていた時代も有ったのです。
提供は、マルマンガスライター。
昔の映画の重役机にドンと立っていて、お偉いさんがボタンを押して火を出し、
葉巻を近づけて火を付ける、そんな場面も思い返される高級ライター。
従いまして、「マルマン深夜劇場」という題名なのですが、
企業名が非常に重要な事に加え、深夜テレビ開拓、及び、
その功績を非常に長い間振り返られずに来たという事を併せまして、
ここでは例外的な扱いの、企業名付きで正式題名と致しました。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
TBS番組のテーマ曲
ごいんきょさん、お久しぶりです。
自主制作本の出版、おめでとうございます
私も一部、頂きたい所ですが
財布と相談します(笑)

さて、マルマン深夜劇場の件ですね
なんとなく、タイトルとかは存じてました
日本初の深夜テレビ枠なんですね

テーマ曲の「夜は恋人」
早速、YouTube検索して拝聴しました
第一印象は
あぁ、やっぱりTBSらしい雰囲気だなと

幼き頃からTBSってピシッとした
大人なイメージを持っていたのと
これは映画番組ですが
TBSのテレビドラマのテーマ曲って
個人的な見解なんですけれど
クオリティが高い、玄人好みっぽい
イメージがあるんです

70年代のドラマで言うなれば
赤い迷路、高原へいらっしゃい
あこがれ共同隊、まんまる四角などなど
キリが無いですが(汗)

2013/11/22(金) 16:49:36 | URL | テレビマニアな30代
お久しぶりです。
あんまり、おめでたくない感じなんですけどね(苦笑)。
非常に売れ行きが宜しくて(笑)。
やった事のある人ならお分かり戴けると思うんですが、
同人誌・個人誌としては破格に安く設定しているはずなんですがねえ。
頒布価格の低さ重視の「ライト版」という展開も、ただいま企画中です。
そちらはもう少し、多くの人が取っ付きやすい物を扱う予定ですが。
赤字もさる事ながら、在庫の山は悲しくなりますのでね(笑)。


「おそらく」日本初ですね。
多分(笑)。
深夜1時前後まで放送していたんでしょうから、
昭和30年代としては考えられない遅さでした。

当時のTBSは大人の雰囲気ありましたね。
ドラマでも『月曜日の男』とか『赤いダイヤ』とか渋いし、
漫画ですら、『エイトマン』の重厚さは、同時代の『アトム』や『鉄人』と別次元ですよ。
あれは、TBS側が大きく制作に介入していたからでしょう。
2013/11/23(土) 07:10:48 | URL | ごいんきょ
1960年代前半頃
1960年代前半、(直接の動機は1964年に迫った東京五輪の(日本での)深夜帯の海外(=アメリカ・欧州)への衛星録画中継の問題も絡んでいる様ですけど)NHK並びに全民放(とその背後に居ると思われる旧郵政省)とで「深夜0時以降のテレビ放送を行うべきか? まず第一にそんな時間帯でのテレビの需要自体存在しているのか?」との議論があったらしくて、テレビ界(並びに旧郵政省)の総意の下、試験的に始めたのが「マルマン深夜劇場」という事らしいですね。
ちなみに当時、日テレでも同じ題名の「マルマン深夜劇場」が存在したかの様な記述も散見されますけど、これは一体?
2013/12/21(土) 09:45:55 | URL | TXが無いテレビなんて・・・
ははあ。なるほどね。
だから老舗の二局が等しくやっていたという事ですか。

日テレの方は気がつかなくて、あれ?オラやっちまっただか?
とビックリ、かなり焦りましたが(苦笑)、
ちゃんとTBSの方でもやっていたのが確認できました(笑)。

日テレのは毎週土曜日で、TBSは月水金にやっていたようですね。
TBSの火木は、ブロニカというところが提供していたようで、
ブロニカ名画劇場という題だったようです。
日テレは昭和40年までには廃止したようです。
2013/12/23(月) 12:00:03 | URL | ごいんきょ
マルマン深夜劇場
何と懐かしいマルマン深夜劇場私が広告代理店大広の放送制作部にに在職していた頃マルマンガスライターのコマーシャルを作っていました。当時の深夜放送で流すCMを作っていたことを思い出しました。まだモノクロのCMフィルムでした。偶然このことを見つけてお返事をしてみました。
ご覧になったら意味なくお返事下さい~あ~懐かしいー ̄元気が出ました
2016/02/20(土) 19:01:09 | URL | 日高欽治
これはどうも。
マルマンの代理店は大広さんだったのですか。
今は博報堂さんに…。

大広さんと言えばロボタンとか、テレビ史に埋もれた番組が多いのは、やはり在阪のせいなのでしょうか。
関係者の方の情報公開が望まれます。
2016/02/24(水) 07:00:51 | URL | ごいんきょ
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