私的 昭和テレビ大全集
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600こちら情報部 (1978)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版』&『ライト版』発売を記念し、
TBS金曜夜の番組、及び、子供向バラエティ・教育番組を織り交ぜて特集しております。
今回は、テレビ朝日がまだNET、日本教育テレビと名乗っていた頃の、この番組です。


「マンガより面白く塾よりタメになる」を合い言葉に作られた、
NHKによる子供向け情報バラエティでした。
NHKでは見ない形だったと言いますか、
民放でも今に至るまで、類似の番組はできていないような。
やはり報道番組に一石を投じた『ニュースセンター9時』は、
その後、民放にも大きな情報・報道番組革命をもたらしましたが、
この番組は何故でしょう、一過性のものでしたね。
かなりの支持が有ったろうと思うのですが。
ま、民放では不可能なのはわかります。金かかりますからね(笑)。

なにしろこの番組、子供相手の情報番組ではあるものの、
NHKが送るとあって、徹底取材に基づくものだったわけです。
しかも、連日帯の生放送。
題材を探すのも大変だったでしょうし、制作も大変だったでしょう。
今のように外注にお任せでもありませんしね。
だからか、人気は有ったはずですが、放送期間は6年ほどだったんですね。

内容は大きく3つに別れていて、ビッグ情報、ミニ情報、そしてニュースネット。
大きな目玉はその名の通りビッグ情報で、本当に先鋭的だったり、
専門的だったりするような内容も多く扱われ、
それらも多くに興味を持たせるように、平易に解説したり、
映像を駆使して見せたりした特集企画でした。
ミニ情報は、それよりやや時事性のあるものを機動的に紹介。
ニュースネットは、従来『こどもニュース』で放送したような、
全国の子供達の話題を紹介といった具合でした。

なんでも相談コーナーに集まった質問や相談に答えるのは、
様々な分野の専門家で、芸能関係では塚田茂が回答しておりました。
でも、関係無い分野でも回答する事あったみたいですけどね。
その昔どんどんクジラと称され、夜のヒットスタジオで
デタガリ放送作家として活躍した姿は健在でした。
そして、高田文夫もレポーターとして出演。
放送作家では珍しい感じの、師弟での出演となっていたのでした。

司会は、鹿野浩四郎と帯淳子。
どちらも当時もよくわかりませんでしたし、
今に至っても、他で見たこと無いんですけどね。
で、この二人でシングルレコードも出しているのです。
『テレビ・シンドローム』という歌なのですが、
レコードのどこにも、この番組に関する記述は無し。
どういう経緯で作られたレコードか、ご存知の方はいらっしゃいますかね。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
おもらし
 どのコーナーだったか忘れましたが、子供のおもらしの原因と対策を解説してくれました。
 話のマクラで男の司会者が「淳子さんは子供の頃オモラシは」
 一瞬の間の後で「そうですねー、昼間はあまりなかったと思いますがオネショはずいぶん大きくなるまで、ハイ、やってました(さわやかに苦笑)」
 私はこのやりとりで帯淳子さんがますます好きになりました。
2014/01/05(日) 19:01:22 | URL | あぶもんもん
ニュース解説役で出演した田畑解説員、のちに「クイズ百点満点」(司会はのちにフリーになりめざましテレビの司会を務めた大塚アナ)でも時事問題の解説役を務めてた記憶があります。NHK解説員にしては珍しい親しみ易いキャラの方でしたね。
鹿野さんは確かTVKで観たような気がします。
2014/01/05(日) 21:22:17 | URL | ナベチン
● あぶさん
あー。なんかね、一瞬迷ったんでしょうけどね(笑)。


● ナベチンさん
そうですね。
百点満点終了してNHK辞めたとウィキペディアにありますが。

TVKですかー。
NHKから、エラい落差だなー(苦笑)。
2014/01/06(月) 01:09:16 | URL | ごいんきょ
高田先生
放送当時現役小学生だったので良く見ていましたが、高田先生の印象がありません。のちにビバリーとかで知った位です。
2014/01/11(土) 12:35:51 | URL | とらお
なにしろ、師匠格の塚田先生との仕事ですからねー。
かなり猫かぶってたと思われます(笑)。
2014/01/12(日) 00:34:45 | URL | ごいんきょ
鹿野さんのなう。
こんにちは。初めてコメントさせて頂きます。
先週金曜日に、埼玉県日高市の高麗(こま)神社へお詣りした際、御朱印帳の記帳を待っている間
隣接したロビーで前日から催されている大滝博子さんという人形作家さんの人形展を覗いてみました。

入口の受付で写真集や絵葉書を買おうと目をやると、受付をされている男性が描かれた作品(赤富士とか)とプロフィールの一文が。
読めばその男性こそ
『【600こちら情報部】キャスター』の
鹿野浩四郎さん御本人でした。

思わず実年齢を告げ(笑)「視ていました♪」と声をかけて握手して頂きましたよ(^O^)
「当時は『プリンプリン物語』とかもやってて、40代位の方にはピンポイントでしたね」
と穏やかな笑顔で応対してくださいました。


2014/01/19(日) 19:32:31 | URL | ぼの子
ほー。
これは貴重な情報をわざわざありがとうございます。
うわー。いいですねえ、大滝さんの人形。
http://meruhennendo.web.fc2.com/
見ていてじんわりしてしまうのは、なんでだろう。

大滝さんはNHK文化センターの講師もされたようで、その繋がりなんでしょうか?
今は絵の方でも活躍されているようですね。
2014/01/19(日) 22:02:51 | URL | ごいんきょ
当時の夕方
何せ当時は家庭ビデオがまだ普及してなかった為、これを見るか、アニメ再放送見るかでよく兄弟喧嘩してましたね(≧∀≦
2014/05/26(月) 16:46:42 | URL | かむい
なるほどー。
一口に再放送と行っても、当時は複数の局でやっていたので、
そちらもどれを選ぶのか大変だったかと(笑)。
2014/05/26(月) 20:47:46 | URL | ごいんきょ
この番組も
先にコメントした「ぼくらのチャンネル」の再放送を見ていたころの放送でした。
放送時間が夕方6時から6時半だったので、「ぼくらの~」の再放送時は見ませんでしたが、再放送の終了後テレ朝系列局での少女アニメの再放送が終わって、それから終了までずっと「600」を見ていました。
内容についてはブログの通りなのでそちらに譲りますが、本番組スタートの一年前にNETがテレビ朝日となっていました。

くしくも本番組終了の84年3月30日、中学卒業と同時に僕は長年住んでいた故郷の北海道を父の転勤で離れ、札幌の受かった高校を辞退して首都圏の高校に入りました。
2014/10/17(金) 11:17:22 | URL | リオ
へえ。番組終了と人生の節目が重なるなんて。
それにしても大変な時期に大変な事が有りましたね。
2014/10/18(土) 07:01:42 | URL | ごいんきょ
ごいんきょ様
僕が北海道を離れたころは「600」ほか「スーパーダイスQ」「まんがはじめて物語」「スチュワーデス物語」も終了しました。
2014/10/22(水) 19:22:17 | URL | リオ
そおの3つとも既述ですので、上部中央検索窓をご利用下さい。
2014/10/24(金) 00:26:52 | URL | ごいんきょ
帯淳子さんって、「いきものがたり」の女の人に似てるよね。
2016/11/15(火) 00:58:51 | URL | (ハンドル未記入)
ロクジロー
ワタシも、高校時代よく見ていました。後期にこの番組でビートたけし師匠(ツービート)の特集をやったのは高田先生がいたからでしょうか。その時は「レポーター」ではなく「笑いの仕掛人」という肩書でした。この番組で「ジョン=レノン死亡」の第一報を知りました。
2016/11/15(火) 01:32:54 | URL | bean.
● 未記入さん
「いきものがかり}?ですかね。
似てますね。


● bean.さん
そらそうでしょう。
時の人を育てた人が番組中にいるんですから。

即時性のある報道もしてたんですか。
2016/11/15(火) 07:02:04 | URL | ごいんきょ
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