私的 昭和テレビ大全集
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テレポ~トTBS6 (1975)

テレポートTBS6

只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版』&『ライト版』発売を記念し、
TBS金曜夜の番組、及び、子供向バラエティ・教育番組を織り交ぜて特集しております。
今回は、また番外的に帯番組から選んでみまして、この番組です。


昭和46年4月、TBS系列のJNNグループの中で初という、
夕方6時からのローカルニュース『イブニング kouchi』を、テレビ高知がスタートさせました。
開局わずかにして始めたこの番組、なんと、まだ続いているというのですが。
その後も山陽放送、静岡放送といったところが続き、
系列十局が独自のローカルニュース枠を夕方に持つに至って、本尊も考えます。
その頃TBS18時は、堂々たる再放送枠。
ど根性ガエルの再放送なんかで、ワタクシも楽しんでおりました。

ところがいつの頃から、その時間になると、爽やかながらもうら寂しさも感じさせる、
微かな哀愁を帯びたテーマ曲と共に、この番組が始まるようになったのでした。
昭和50年10月6日からと言いますから、丁度ワタクシがぼちぼちと
ニュースも見始めるようになった頃で、まるでテレビの神様が、
お前ももうマンガは卒業して、ニュースで社会を考えるようになれ、
とご啓示を下されたかのように思えますね。 こじつければ(笑)。

そのテーマ曲、わりと好きだったのですが、それまでは再放送枠でしたから、
非常に雑多な印象で、流れてくる主題歌もコロコロ替わってましたしね。
他局もニュースが始まるのは大体18時半からで、この時間帯は再放送。
17時台も、TBSはぎんざNOW始め固定番組が多かったですが、
他局はのきなみ再放送の時間帯。
日も暮れて遊びから帰ってくると、そうした枠だったわけです。
いわば、夕方の風景。

そこへ、この番組が18時に毎度毎度、この哀愁を帯びたテーマを流すようになった。
もうね。他の人はどうか知りませんが、ワタクシにとってはこの時から、
18時が「夜」の始まりになってしまったのですよ。
厳密に言えば、夜の境目は7時なんですがね、ワタクシの中で(笑)。
それってよく考えると、テレビ視聴によって育った感覚ではないかと。
7時からは本格的な番組が始まり、6時台はニュースとか雑多な印象。
これが、7時は「夜」、6時台は「夕方」って感覚を恒常的にさせていたのだと思う。

そこには更に、毎度お馴染みのテーマ曲が流れているか、
というのも、非常に大きな要素だったと思うのですよ。
だから、18時半から始まっていたニュースコープの音楽が流れてくると、
夕方の終わりを意識していたのです。
すなわちそれは、夕方と夜の端境ですね。
夜という事は、子供にとっては一日が終わるわけです。大人は違いますけどね(笑)。
だから夜の入り口を意識させる18時半からのニューステーマは、
どれも聞くと、焦燥感と寂寥感を同時に抱かせる感覚になりました。

そんな複雑な感情を、この番組は30分早めてくれたのです(笑)。
6時になると、当時は知りませんが小室等作曲の、毎度お馴染みのテーマが流れる。
しかも、夕暮れの淋しさを巧みに含んで(笑)。
もうね。完全に夜の始まり。
ああ。一日が終わったんだな、という無常感をね、抱かせてくれた番組で、
それをそれまでより30分早めてくれたというね(笑)。
ちなみに、土曜日17時台のはじめて物語とかはまた別格で、
あれはまだまだたっぷり日曜まで休みが続くので、余裕で楽しめたわけです(笑)。

内容は、題名に「ニュース」と入っていない事でも表されていますが、
ローカルニュース番組と言っても時事性の強いものではなく、
後のニュースステーションで言えば、若林とか立松和平とかがやっていたものに近かった。
あらかじめ取材をしていた関東一都六県の、地域の話題というのが多かった気がします。
ローカルニュースと言っても、千葉テレビだのがニュース番組でやっていたものは、
アナウンサーがデスクに鎮座して次々ニュース原稿を読み上げる、
完全無欠な「ニュース番組」で、あれならニュースと思いますけどね。
この番組はむしろ、TBS版『関東甲信越小さな旅』ってな感じの企画が多かった印象です。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
山本文郎さんと岩崎真純さん
「テレポート TBS6」と聞くと、やはり…山本文郎さんと岩崎真純さんのこのお二方を思い出しますね。岩崎真純さん、2009年のご自宅の火災で…お母さんと共にお亡くなりになったらしいです。
2014/01/26(日) 16:41:06 | URL | マスダっち1971
私も東京に居た時観ました。のちに朝のワイドショーの司会を務める文さんこと山本文郎さんの印象が強いですが、文さんの後任で奈良陽さんも務めていたようです。ニュース担当では「報道特集」の強面キャスターだった料治直矢さんとか、現役の柴田秀一アナ。一時期設けられたスポーツ担当には何故か林美雄アナ。天気は森田正光さん。今の「Nスタ」でもやってますから30年近いTBS夕方の顔(笑)。最晩年は荒川強啓・久和ひとみのコンビになり次番組の「ニュースの森」も二人が引き継ぎました。
テーマ音楽は小室等さん作曲だそうです。しかしTBS(テレビ)は昔のロゴの時が黄金期でしたね。
2014/01/26(日) 17:15:36 | URL | ナベチン
テレポートの元祖
TBSに先駆けること8か月、75年2月に北海道放送が「テレポート6」という地域情報番組を始めていますが、これが「テレビ」と「レポート」の合成造語を使いだした最初と言っていいでしょう。
それまでローカルニュースと言えば、どうしても全国ニュースの添え物的な扱いでしかなく、HBCでも5分程度の枠しか与えられていませんでした。それがいきなり30分に拡大したのですから、その中で何をやるか試行錯誤の連続だったように思います。

番組初期のコーナーの中で覚えているのが「この人を知りませんか?」です。家出人情報のコーナーで、「お心当たりの方はお近くの警察へ」で締められていましたが、これも時代を感じさせますね。
2014/01/26(日) 21:07:45 | URL | うみがめ
てっきり、TBSが先かと・・・
 うみがめさんの後出しになってしまいますが、元祖「テレポート」はHBCの「テレポート6」です。
 てっきりTBSが先だと思っていました。だから「テレポートTBS6」なのかな?
 でも、在京局におけるローカルニュースワイドの草分けと言っても過言ではないと思います。
 HBCでは先述の人探しコーナーのほかに、「タウン&タウン」という地域情報コーナーがあったと記憶しています。(全道放送ではなく地域別の放送だったと思う)
 私が本格的に見始めたのは80年代で、それまではNHKの子供向け番組や他局の再放送アニメ、ニュース番組を見ていました。
 主婦向けのワイドショー「パック2」に始まり、3時にあいましょう⇒午後のヒットシリーズ(ドラマ再放送枠)⇒評判シリーズ(時代劇の再放送枠。80年代初めまでは子供向け番組の再放送だった)⇒テレポート6⇒ニュースコープまで最強のラインナップといわれていたHBCの平日午後から夕方。
 90年代にに入りSTVの夕方ワイド番組「どさんこワイド120(現どさんこワイド179)」のスタートをきっかけに不遇の時代が始まりました。
 
2014/01/26(日) 22:35:16 | URL | 北国の人
「ニュースワイド」もJNN系は多かった
テレポートと並んで一時期、JNN系の地方ローカルワイドニュース枠の番組名として使われることが多かったのが「ニュースワイド」ですよね。
その始まりはおそらく山陽放送から(1974年4月開始)で、次いで、CBC(1974年10月)、RKB(1975年4月)もこのタイトルを冠してのローカルワイドニュース枠を創設、どれも結構な長寿番組になりました。

CBCのお膝元(汗)・愛知県に住んでいる我が身と致しましては、やはり何代か既にワイドニュースのタイトル・時間枠も変更されて久しいのですが、未だに「18時台前半・”(女性の声で)こんばんは(子供の声で)こんばんわっ!”のスキャニメイトアニメで始まる日比英一アナの「ニュースワイド」」という印象が強いです。
ちなみにこの番組、後にテレ東の「木曜映画劇場」の解説者として知られることになる木村奈保子や、「スーパータイム」で全国ネットの夕方ニュースの顔にまで登りつめた元”オールナイターズ"(笑)・松山香織、NHKに移った福島敦子、テレ東に移籍した槇徳子などといった面々も局アナ時代にごく短期間ですがサブキャスターとして出演していました。

多分、あの頃のCBCは日比アナに限らず、福井豊治・三久保角男・岸佳宏・島津靖雄・中島公司と”アナウンサーの見本に相応しい”といえる優れたベテランアナウンサーも多かったですし、民放開局第1号という歴史の長さもあって、社員育成のノウハウも地方局ながら相当蓄積されていたはずですから、全国区に出しても遜色のないアナウンサーが出やすい環境だったのだろうな・・・というのは容易に想像はつくんですけどね。


2014/01/27(月) 01:04:28 | URL | (ハンドル未記入)
北海道の特殊事情
北国さんご指摘の通り、HBCテレポートは最後の5分間が釧路や函館など道内の各放送局ごとの内容となっていました。
函館ローカルのコーナーで覚えているのが、テレビショッピングのコーナーでした。スポンサーは、函館に本社を置く割賦販売に強みを持つデパート・テーオー小笠原でした。
同じ局の午後ワイドが、札幌のデパートが提供するテレショップを展開していたのに対抗したわけですね。
2014/01/28(火) 00:20:31 | URL | うみがめ
ローカルワイドの草分け・中四国
本文でも言及されているように、1970年開局のテレビ高知が、その翌年には早くも「イブニングKOCHI」を始めていたのにはただただ驚かされます。やはり、県内二番手の民放として先発局に追い付き追い越せとばかりに、自主製作番組により力を入れていたのでしょう。
そうしたスタッフの意気込みが「イブニング」、あるいは別なところでコメントした「キャラバンバン」の成功へとつながったのでしょう。
「イブニングKOCHI」開始から半年後の71年10月には、岡山・香川をエリアとする山陽放送が「イブニングニュース」を開始、こちらも今なお続く長寿番組となっています。
2014/01/28(火) 00:26:44 | URL | うみがめ
おかしい。
ザ・モンキーズとか男女七人とか金八とか、誰しもに認められるテレビ史上に残る番組より、
こんな夕方ローカルニュース番組のコメント欄の方が活発だなんて、
やはりこのブログは少しおかしいのかもしれない(笑)。
きっと、設置者が少し変な人なんだ(笑)。



● マスダっち1971さん
名前は勿論、聞けば思い出すのですが、顔と名前が一致しないんですよ。
それにしても、そんなに前の話ではないんですね。
なんとも痛ましい話です。


● ナベチンさん
強啓さんと久和さんとは、なかなか強力でしたね。
小室さんの音楽は、LPに収録されてますね。
それも持ってたのにすっかり忘れて、個人誌で指摘し間違えたかも。
そちらの方がニュース番組テーマ音楽の初音盤化かもしれません。


● うみがめさん
あ。テレビ+レポートですか。
ワタクシ当時から、テレビ+ポートだとばかり思ってました。
そうですね。30分を埋めるために、様々な企画が有ったんでしょう。
べつに30分ぶっ続けでローカルニュースの羅列でも良かったと思うんですけどね。
ワタクシはむしろ、そういうものの方を望んでました。

テーオー小笠原かあ。初耳だなあ(笑)。

四国のテレビ事情って、かなり先端的だったのかもなあ。
全国ネットの番組は選び放題だったでしょうし。


● 北国さん
なるほど。番組題の謎が解けました。
ただワタクシは、あくまでも「テレポート6」と読んでました。当時も、そして今も。
「TBS」という部分は添え物のような感じなんですよね。
TBS=6 ですから、どてらい男(やつ)みたいな感じで捉えてました(笑)。


● 未記入さん
なるほど。中部事情ですか。
全国各地の夕方JNNニュースの情報も貴重ですね。
他の地方の方などもお待ちしております。
2014/01/28(火) 01:13:01 | URL | ごいんきょ
ブンさんが…(泣)
ごいんきょさん、大変だよ〜〜(泣)ブンさん(山本文郎さん)が…お亡くなりになりました(泣)詳しい事は…Yahoo!ニュースで。
2014/02/27(木) 11:09:07 | URL | マスダっち1971
うーん。
丁度、この番組を書いて間も無くとはねえ。
本当に良い人柄だったと、皆さんが声を揃えてますね。
ニュース番組という名目でも、この番組は、
そうした人柄に合った、どこか暖かみを感じる番組だったなあ。
2014/03/02(日) 06:03:48 | URL | ごいんきょ
岩崎真純さんと再会しているかも…
文さん、今頃は天国で岩崎真純さんと再会しているかもしれないですね。文さんが今の奥様と再婚した時に、披露パーティーで岩崎さんが受付をされていたそうです。
2014/03/05(水) 17:05:36 | URL | マスダっち1971
なんでニュース番組の系統なのに暖かみを感じたかと言えば、やはりあの笑顔と物腰だったんですよねえ。
2014/03/05(水) 19:54:50 | URL | ごいんきょ
こんなお名前の方
大学時代、帰宅するとテレポートTBS6の時間、ということがよくありました。
で、初期のキャスターで撫養さんという方がおりましたね。
本業は何だったかわかりませんが、落ち着いた語り口で好きでした。
特徴ある名字なのでよく覚えています。
2014/06/13(金) 22:39:00 | URL | 元朗
撫養(むや)さんとお読みするのでしょうか。
字も音も、ワタクシはまったく覚えが有りませんが。
部活とかで帰宅すると、あの時間だったかもしれません。
2014/06/13(金) 23:34:07 | URL | ごいんきょ
ニュースワイド
TBC東北放送もこのタイトルでした。父が宮城出身で、父の実家に行った際に拝見した事がありました。

「ナウ」と言えばMBSですが、他にも使用していた局があったはずです。
2016/11/18(金) 00:14:09 | URL | TSUSHIMA
宮城の局ですね。
やはり東北と言えば仙台という自負が感じられる局名です(笑)。
2016/11/20(日) 01:19:14 | URL | ごいんきょ
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