私的 昭和テレビ大全集
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百年目の田舎っぺ (1968)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版』&『ライト版』発売を記念し、
TBS金曜夜の番組、及び、子供向バラエティ・教育番組を織り交ぜて特集しております。
今回は、忘れられたあの芸人を振り返る、この番組です。


どうしてタイトルに百年目と付いているか、ピンと来たあなたは博識、
もしくは古い人という事になりますか(笑)。
放送の昭和43年は、明治百年という事で、随分と盛り上がっていたものでした。
何故そんなに明治百年が盛り上がったのか考えますに、
当時は、薩長土肥主導による明治体制を引き摺るものが、
各所にまだ健在だったのでしょうし、他ならぬ時の首相・佐藤栄作からして、
長州・山口県出身の宰相でしたからね。ちなみに現総理も親戚でありますが。

主役は東京ぼん太。
東京ぼん太と言っても、今や知らない人間の方が圧倒的大多数でありましょう。
ですがワタクシが子供の頃は、キラキラと輝いていたお笑いスターでありました。
唐草模様の背広や風呂敷。あれを見るだけで可笑しかったもの。
唐草模様かはともかく、当時、風呂敷はまだ現役でしたからね。
物を包んで持ち運びに使っておりました。
あの頃は、漫画に泥棒が出てきても風呂敷で物を持って行ってたしね(笑)。
最近は、サザエさんにそういう泥棒も出ないんだろうなあ。
あと、押し売りね(笑)。

なのに、なんで東京ぼん太が風呂敷持って登場すると、あんなに可笑しかったのか。
唐草模様だったからかな。
やっぱり、たったいま荷物持って田舎から出てきたって感じなんだろうなあ。
それが、ピント外れの唐草背広着ているから、可笑しさが引き立つというね。
本人は精一杯お洒落しているつもりっぽいけど、まったくそうなってないという。
そうそう。背広と風呂敷の合わなさも有ったんだな。
そんな風貌から、奇妙奇天烈な北関東訛りを放つ。
「夢もチボーも無いよ」「いろいろあらぁナ」「見通し暗いヨ」等々、
彼が奇妙な北関東訛りで放つ言葉の数々が、次々流行語になりました。

ぼん太が大正テレビ寄席に初出演したのが、昭和39年。
その時は、唐草の風呂敷も持ってなかったと言いますが、
それから少しずつテレビ寄席で顔と名前を売り、
いつしか大スターとなっていたという次第。
彼の全盛は昭和41年頃からで、この昭和43年は、大分落ち着いた頃ではなかったでしょうか。
新たに出てきた爆発的な面白さから、もっと安定した「スター」だったと思います。

ドラマの内容は、東京に出て失敗した大祖父が残した五箇条の訓示により、
絶対に上京しないと決めていた田舎っぺが、或る時、
別荘に来ていた東京のお嬢さん(城野ゆき)に憧れてしまい、
想い堪らず、ついに上京してしまったというお話。
皿洗いから職業を転々としながらの、根性ドラマだったようです。
いわゆる喜劇というほど、笑いに特化したものではなかったでしょう。

このころ凡太は、NHK『文五捕物絵図』に出演したり、
少しずつ唐草路線から撤退できたら良いと考えていたみたいですね。
その根本には、慢心が有ったと考える人は多いようです。
天狗になったという噂は、何故だか子供のワタクシまで聞き及びました。
だからワタクシは少し前まで、芸能人が天狗になったという話が出ると、
どうにも東京ぼん太が浮かんでいたものです。刷り込みは恐ろしい(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
ヤクルト提供番組
私自身、番組自体は観たことはありませんが、当時のヤクルトの雑誌広告の片隅に、こんなことが書いてあった記憶はあります。
同じ頃、フジテレビで日曜夜7時から「東京ぼん太ショー」という番組があって、私はそちらを観ていたのですが、思えばあの頃が彼の安定期ではなかったかとの見解、全くその通りだと思います。
2014/02/20(木) 11:07:37 | URL | うみがめ
ああ、これもヤクルトでしたか。
その前を担当していた、サザエさん以来の江利チエミさん番組はそうだったんでしょうが、
この番組もだったのですね。
2014/02/23(日) 20:43:04 | URL | ごいんきょ
まんが
「空中都市008」と同じく、これも当時月刊誌「ぼくら」に漫画が掲載されていました。
覚えているのは、ぼん太と同じ様に関西から上京してきて同じアパートに住んでいる仲間が病気になり励ます為に料理を作る話。
何が食べたいか希望を聞くと「素(す)うどんが食べたい。」これを文字通り受け取ってお酢を入れた激マズのうどんを作って励ますどころか怒られると言うオチでした。
東京ぼん太本人はそれこそ当時は飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、ある時期からパッタリ見なくなりましたね。
あのキャラクターは唐草風呂敷と一体になって受けたキャラだったので、それ無しで一般ドラマへの転身は難しかったのか、ごいんきょさんが仰っていた様に天狗になって干されたのか。当時のワイドショーの様なもので暴力団関係との付き合い云々と言った記事を見た覚えもありますのでそれらも含めて結局テレビが売り出した「一発屋」だったんでしょうか?
2014/11/26(水) 18:42:59 | URL | 代表
酢うどんって、さすがに無理ある話だな(笑)。
でも、ぼん太さんらしい。

天狗になったから暴力団と付き合わざるを得なくなったというより、
暴力団と付き合うようになって天狗になったのかもしれませんね。
平成の世でもそんな人たちがおりましたが。
2014/11/27(木) 07:13:04 | URL | ごいんきょ
ぼん太さん
昔フジテレビの懐かしVTR番組の中で「テレビ爆笑10年史」(1970年放送)のOPが放送されてましたが、その中に東京ぼん太さんが居ました。
その登場シーンでは唐草模様の背広に傘を持って「昔は風呂敷背負っていたんだけどね、この頃はリュックサック背負ってんの」と言いながら、背を向けて唐草模様のリュックサックを見せるなんて事をしてました。
キャラクターの転換を少しずつでも行おうとしてたんですかね。
その次に「何たって見通し暗いような」って言って下手へ引っ込みます。
これなんかも人気がやや下がっていたのを自虐ネタでやってたんでしょうね。
この動画はYoutubeにあります
https://www.youtube.com/watch?v=yhwRfXwfi6M
2014/11/28(金) 22:21:04 | URL | 鳥飼
ええ、それは拝見してました。
物凄い出演陣で驚きました。
2014/11/30(日) 22:16:45 | URL | ごいんきょ
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