私的 昭和テレビ大全集
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隠密剣士 (1962)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、忍者ブームの火付け役となった、この番組です。




♪ 行くぞ駆けるぞ ハヤテのように
  野を越え 山越え 隠密剣士
  ハイッシー ハイッシー
  愛馬とばして 雄叫び高く
  悪を倒して去って行く
  荒野の空に 砂煙


徳川十一代将軍・家斉の時代、老中・松平定信は、
蝦夷地を幕府直轄にしようと思い立つ。
松前藩の治めている土地だけに、いかな徳川将軍とはいえ、
頭ごなしに直轄地にするわけにはいかない。
そこで定信は、家斉の腹違いの兄・信千代に、
蝦夷の内情を探る隠密としての任務を依頼する。
というのが、そもそもの物語の発端でした。
信千代は秋草新太郎と名乗り、隠密剣士として出発するのです。

局はTBS、曜日は日曜、時は19時と来れば、泣く子も黙るタケダアワー。
と言うものの、初代『月光仮面』が打ち立てた金字塔も、
続く『豹(ジャガー)の眼』で少し傾き始め、更に続く『泣き笑いさくらんぼ劇団』、
『夕やけ天使』では、何をとち狂ったかペーソス系となり、完全に倒壊。
例のアメリカでの「テレビは一望の荒野」というミノー発言の余波が、
日本のテレビドラマにもモロに波及していた時期でした。
暴力描写自制の動きはNHKを直撃し、更には民放でも、
向かい風を受ける事を怖れた一社提供枠などは、様子見の所も有ったのでしょう。

こうして、昭和37年秋には、タケダアワーにも以前の威光は無く、
かつて『月光仮面』『豹の眼』連続主演で名を馳せた大瀬康一という役者も、
些か一段落といった感じの時期でありました。
かのミノー発言も日本ではほとぼりが冷め、月光仮面以来
この枠を制作する宣弘社は、当枠初の時代劇を持ってくるという賭けに出ます。
なにしろ宣弘社は、広告が本業。番組制作は半ば成り行きで始まり、
月光仮面は手探りで制作したものの、更に難しい時代劇というのは、
かなりの冒険だったように思います。

また、中村竹弥に次ぐテレビが生んだ俳優といった感の有る大瀬も、
勿論、これが時代劇初体験。
全ての所作から、立ち回りから、多いに苦労したでしょう。
全体的に不慣れも有り、また前作からの悪い流れも有り、
最初から話題を呼んだという番組ではありませんでした。
この番組が注目され出すのは、翌昭和38年正月からの、第二部『忍法甲賀衆』から。
甲賀十三人衆から毎週毎週刺客が訪れ、新たな術で新太郎を襲う。
この構図に、視聴者は引き込まれていったのです。

また、小説や漫画の世界で、忍者ものが人気を呼んでいたのも幸いしました。
そこへ、この隠密剣士の人気が本格的になっていき、
全ての媒体で嵐のような忍者ブームが巻き起こるのでありました。
その空前の忍者ブームは、昭和40年頃に怪獣→妖怪ブームに衝突されて
やや下火になるも、すぐに洋風忍者というべきスパイブームが席巻するのであります。
忍者&スパイブームに共通するのは、小説、映画、テレビ、漫画、そして玩具と、
全ての媒体を巻き込んで、大人対象にも子供対象にも、遍く浸透した事でしょう。

第三部になると、いよいよ霧の遁兵衛が登場し、敵役の天津敏と共に、
不動の人気トリオが完成する事となります。
天津は様々な役で敵役として登場し続けましたが、
特に風魔小太郎が、多くの人に記憶されるのではないかと思います。
遁兵衛を演じた牧冬吉は、高校時代に体操で国体出場したという肉体派。
前進座の御大・河原崎長十郎の眼前でトンボを切って認められ、
エキストラ生活を脱したという人でした。
なので、忍者の立ち回りには、なかなかいない適任者。
逆手斬りなど独自の技も考案し、子供達の忍者ブームを大いに盛り上げました。

そんな昭和39年の春休み。東映は、テレビで大人気の隠密剣士と、
自分とこのテレビ漫画『狼少年ケン』を組み合わせて、劇場公開。
これがなんと、当時の興行記録を塗り替える大当たりとなって、
各映画会社、テレビ局など、皆がぶっ魂消る現象を紡ぎ出したのです。
時、既に映画界は斜陽の様相を呈しており、こんなジャリ物の再生産が、
まさかのドル箱となるというのは、想像した人間がいませんでした。
以後、東映は子供達の長期休みには子供向けを主力とした展開を心掛け、
後の『東映まんがまつり』へと繋がりますし、
勿論、他社も指を加えていた訳ではなく、各社各様に子供を取り込もうという
映画番組の開発に取り組む事となっていくのでした。

そんなこんなで、テレビ史、文化史にくっきりと一時代を刻んだこの番組も、
昭和40年代に入る頃には話題性も尽きたといった感じになり、
主役を大瀬から林真一郎に替えて巻き返しを図るも成らず、
円谷プロによる怪獣物・ウルトラQに、その座を奪われたのでありました。
日本に於けるテレビ映画に対して、ひとかどならぬ貢献度を誇る宣弘社は、
これを境に凋落傾向。円谷お得意の怪獣路線にも手を出しましたが、
以前ほどの人気を獲得した大作は、とうとう出ませんでした。
隠密剣士は、テレビ映画が劇場に殴り込みをかける先例となるも、
逆に映画の円谷に、テレビに殴り込みをかけられてしまうという皮肉な最後でした。

提供は、最初の方でも言ったように、タケダタケダの武田薬品工業。
それは実は、主題歌の中にも盛り込まれているのです。
ハイッシー ハイッシー と歌っていた掛け声、
たしかに馬への掛け声としておかしくないので気付きづらいのですが、
武田の主力商品の一つであった「ハイシー」の商品名でもあったのですね(笑)。
やはりこの枠で、宣弘社制作番組では末期となる、
昭和47年の『アイアンキング』という巨大ヒーロー物のエンディング主題歌では、
当初 ♪ ルールルー ルルルー と歌われていたと言いますが、
ルルはライバル三共の風邪薬の名前だという事で、
♪ ラーララ- ラララー と替えられたという話も有ります。
製薬会社はテレビ局の上得意だけに、色々ご機嫌取りが大変なようです(笑)。
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[猫カフェ]futaha



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コメント
この記事へ寄せられたコメント
女忍者の改心
敵忍者、だいたいが風魔か甲賀なんですよね。伊賀忍者、隠密剣士の仲間なんだけど、とにかく弱かった。
それはさておき、敵の忍者、13人集あるいは7人集あるいは10人集、必ず女が一人いるんですね。それが隠密剣士に近づいて、殺そうとしては失敗して、そのほとんどが判で押したようにその後、改心するんです。だけど己の境遇、立ち位置からかんがみ葛藤するんですね。でも最後は天津敏に殺されるんですね。哀れ女忍者。この毎度の展開、幼いながら好きでした。
2014/06/14(土) 01:25:15 | URL | みのモンタナ
ああ、その手の展開、赤影でも有った気がするなあ。
やはり女性は優しさを持っているという先入観を利用しての話作りなんでしょうね。
2014/06/14(土) 06:20:05 | URL | ごいんきょ
見てましたよ
御多聞に漏れず、霧の遁兵衛と風魔小太郎のファンでした。
小学校高学年でしたが毎回ワクワクしながらの30分。

ファンレターと云うものを初めて書いて出したのもこの番組でした。
牧冬吉さんと天津敏さんの大ファンだからお二人のサインが欲しいと書いてみたけど。。。返事代わりに送られて来たのは大瀬康一さんのサイン入りブロマイドでしたのでちょっとガッカリした事を覚えています(笑)
主役より脇役のサインを欲しがる小学生って、今考えると少し失礼だったかナ。
映画も8歳年上の姉に一緒に行ってもらって観に行きました。
映画館なんて行った事が無かったですから・・・其れ位熱中していたのですね。

どれだけ時代劇が好きなんだって~我ながら笑っちゃいますが、その後は大阪へ新国劇が来ると舞台を観劇するのが愉しみでしたから、筋金入りの時代劇ファンでしょ!
太閤記(NHK大河・緒形拳主演)も勿論お気に入りの一作。
新国劇の舞台での拳さんはまだまだ端役でしたけど。
2016/11/17(木) 01:57:39 | URL | san悟風
大瀬康一さんのサインでガッカリって…(笑)。
天津敏さんや牧冬吉さんに目を付けてたとは、非常に渋好みな女子だったなと(笑)。

新国劇までご覧だったとは、本当に渋い!
時代劇も、かなり風前の灯って感じですが、なんとかしないといけませんよねえ。
2016/11/20(日) 01:07:47 | URL | ごいんきょ
新参者からご無礼にて候
拝啓 この有名な番組にしてこの少ないコメントの数、悲しいで候。知っている事を書かせて頂くで候。まず当時としては最大限長期の放映で、それだけ物凄い人気のあった少年ドラマ=時代劇でした。語るべくは様々ですが、まず当時のロケーションは「都下青梅市の片田舎 天寧寺」にて行われました。何か当時からロケの野次馬が押し掛けて大変だったと聞いておりますし、スタッフに紛れて「霧のトンベエ」からサイン貰ったり写真に納まったと言うツワモノさえおりましたからね。自分など到底行ける距離でも時間でも無く悔しかったです。調べますと当時の天寧寺には大きな池があり、ロケには絶好の場所だったと。現在は埋め立てられていますがその通りも当時は舗装が無く、ロケには最適だった様です。音楽は巨匠小川寛興先生が担当され、最初期は少年コーラスによる如何にも子供向けっていう感じのテーマ曲でしたが、次回から忍者物にチェンジすると俄然盛り上がり、音楽も更に素晴らしくなりました。記憶では「尺八の様に加工したフルート、ピアノ、ティンパニー」の3人だけのテーマ曲演奏 これがまた最高でしたね。また「フルートを加工した音と、西洋ドラムと和楽打楽器をフィーチャーしたテーマ曲も大傑作」でアップテンポありスローテンポあり、千差万別変幻自在の音楽は最高でした。この主役は大瀬康一でしたが、この後「林真一郎版」がスタートします。更に立ち回りが派手になり、音楽も小川先生のまるでショートしたか?の様なド派手なリズミックで和洋折衷音楽が最高潮に達した瞬間でした。残念ながら林真一郎バージョンは長く続きませんでしたが、永く記憶には残りました。なお再放送は長く行われませんでしたが、数十年前TVSテレビ埼玉にてかなりの話数が放映されました。しかしこの中で、重大な?放送ミスがあったのをご存知でしょうか? これは「大瀬康一版の放映中に、何故か突然林真一郎版の新隠密剣士が放映」されたのです。これには物凄くぶったまげて直ちにTVSに確認しましたら「いや担当者が若くて当時を何もしらなかった。この為に確認を怠り誤放映されてしまった」と。この誤放映回の新隠密剣士は、極めて貴重な1本として永久保存してあります(爆笑) 敬具
2017/04/21(金) 13:18:34 | URL | よしたかくん
有名な番組は、きちんとしたとこで扱われる場合が多いので、こんなとこはこんなものです(笑)。

まだ舗装が無かったなんて、時代劇が力を持ち得たわけですよねえ。

ワタクシは単純に、ハイシー、ハイシーの初代主題歌が好きですけどね。
あれだけおどろおどろしい音楽だと、あまり子供向けって感じではなくなりますが、
それでも高視聴率だったのだから、凄い人気ぶりでした。

いいですねえ、あの時代から録画できていたなんて。
2017/05/03(水) 16:30:42 | URL | ごいんきょ
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