私的 昭和テレビ大全集
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ただいま11人 (1964)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、TBS木曜20時が石井ふく子枠となった最初の、この番組です。




同時期の『七人の孫』は、テレビ史を振り返る企画では結構扱われます。
ところが、まったく同じ時期にTBSのホームドラマを支えたもう一方の雄、
この『ただいま11人』は、まず扱われた事が有りません。
森繁が出たか出てないかで、こうも扱われ方が変わるなんて。
でも、ミニ番組も大河ドラマも等価値で扱う当ブログが、
そんな情報偏差に一石を投じてみましょう。
さて、まず基本として、配役を羅列してみます。
こんな基本的な情報すら、これまでなおざりになってきております。

一家の長である早乙女浩(山村聡)と、その妻・辰子(荒木道子)。
この夫婦の間に出来た子供は、なんと9人。
合わせて只今11人の早乙女家と、そこに出入りする賑やかなおばさん(乙羽信子)を中心に、
理想的な日本の家族像を活写するホームドラマの代表作。
その子供達の顔触れは、長女で、大きいちゃんと呼ばれる孝子(池内淳子)が幼稚園長。
次女・敬子(渡辺美佐子)は広告代理店勤務でしょうか?
三女・和子(中原ひとみ)は、結婚してお嫁さんに。
四女・智子(丘さとみ → 大空真弓)はスチュワーデス。
以下、長男・保(山本圭)、五女・珠子(松尾嘉代)、六女・照子(田村寿子)、
七女・道子(沢田雅美)、次男・守(石橋吉嗣)と、それぞれ学校に通う身。

中でも田村寿子と沢田雅美は、公募によって選ばれた、ズブの素人。
もっとも田村の方は、和服デザイナーの娘として、銀の匙を咥えて生まれてきた?身ですが。
沢田はこの時、初々しくも可愛らしい、ごくごく普通の中学生でした。
智子役は当初、丘さとみが演じていたものの、彼女が結婚・引退という道を選択したため、
昭和41年度より大空真弓へと交代になりました。
丘はサンフランシスコ在住のデザイナーと結婚するという事で、
この時、制作者の石井ふく子は、丘に月一度帰国してもらって継続させるか考えたものの、
結局、彼女の負担が大きそうだという事で、そのような措置となったわけです。
番組開始から既に一年半。浸透してしまっている丘・智子を替える事は冒険でしたが、
人気番組では初めての事例となるこの交代劇は、半ば実験的に決断されました。

それに伴い、昭和40年12月30日放送回の最終部分で、
早乙女家が全員勢揃いし、丘と大空との交代を告知、挨拶するという、
ドラマ史上でもあまり例を見ない形でのお披露目となりました。
この件に関しましては、以前にコメント欄で情報を頂いておりましたが、
その後に文献的にも確認できております。
丘は実際にアメリカに行ってしまったくらいに英語に堪能だったので、
スチュワーデスの役も持って来いだった訳ですが、
その辺、大空には少し負担になったかもしれません。

外国と言えば、この番組は当時としては、何故か海外ロケが多かった。
ホームドラマの代表のような設定なのに、そこら辺の事情がよく判りませんが、
基本的には、30%を常に超える高視聴率へのご褒美だったのでしょう。
アメリカロケに関しては、出演者が海外ではしゃぐ様子を流すだけとは、
その心臓に驚いたなどと痛烈な皮肉を書かれたりも(笑)。
更に続けてヨーロッパロケを行ったわけですが、
これは、三女・和子がドイツで結婚式を挙げるという設定だったため。
ジュッセルドルフの教会で、中原ひとみと相手役の加地健太郎の挙式場面が撮影されました。
二十日間で5本分も撮影するという、かなりの強行日程だったようです。

和子の旦那は仕事のためそのままドイツに残り、和子は、姑が退院する世話のため、
単身日本へ戻り、その後ひと月も連絡をくれない夫に悶々とする描写が有りました。
この時、姑の土屋家に電話が入った描写が有ったのも、時代がよく出ております。
和子が、人形で隠しておいた電話を大々的に紹介すると、
土屋の母が、これでもう、お隣に借りに行ったり、公衆電話まで行かなくても良い、
と喜ぶわけですが、電話の普及がかなり進んだ時期だったのですね。
それでも、我が家のような貧しい家から考えたら、軽く五年以上早いのですが。
我が家に電話が入ったのは、昭和47年。かなり遅い方です(苦笑)。

それから数ヶ月後、やはり電話が無かったO君が、電話を入れたと嬉しそうに言い触らし、
「お前んち電話ないだろー」と、ワタクシに得意がりやがりました(笑)。
いやあ、あの時、既に電話が入っていて良かったなあ。
余裕で「フフン」と鼻であしらってやりましたよ(笑)。
あとは、水洗トイレになった時も嬉しかったなあ。
しかも、それは電話が入った後、昭和48年の事ですからね。
端っことは言え、一応は東京都在住だったのに(苦笑)。
なんだかワタクシも、なかなかの旧人類だったりするわけです(笑)。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
懐かしいドラマ
家族で毎週観ていました。

父は家事手伝いの和子さんが大好きで、大人しくて優しくて家族のために尽くしているので、女の子はこうあるべきだといつも言っていました。
私は山村聡さんが落ち着いた貫禄あるお父さん役だったので、家の父親もこうならいいのに・・と思っていました。
お母さんの荒木道子さんもいつもお父さんを立てるどこまでも物静かな役だったので、我が家と全然違うと感じて観ていました。

和子さんの婚約者はなかなか顔を出さなかったと思うのですが、婚約者の弟さんが現れて、早乙女家では婚約者をドイツ土屋、弟さんを出雲土屋と呼んでいました。

お正月の特別編では11人のそれぞれの初夢がドラマになりました。
和子さんの初夢は、ドイツ土屋さんが急に日本に戻って家にやってくるというのに、ぼろぼろの洋服しかなくてどうしようどうしよう・・というものでした。
末っ子の守くんは自分が忍者になる初夢でした。他の人の夢は覚えていません。というか何故二人だけ覚えているのかな・・。

記事にはありませんが、長男の保さんは庭の離れに住んでいて、彫刻家を目指していたと思います。
山本圭さんが本当にぴったりの役だったと思います。
男勝りの渡辺美佐子さんと仲が良くて、二人のやり取りは気持ちよかったです。

記事にある、丘さんと大空さんの交代は覚えています。
茶の間に全員並んで、山村聡さんが紹介したのですが、本当のお父さんみたいでした。
土屋家の電話の話も覚えています。

とてもとても懐かしいドラマです。
2014/03/12(水) 21:22:29 | URL | モデラート
昭和30年代特集は、モデラートさん大活躍の巻ですね(笑)。
他にもご存知の方に書いて戴けると良いのですが。

基本的に、和子の嫁入りが物語の中心みたくなってしまいましたね。
モデラートさんをそんなに素敵に育てたご両親の素晴らしさに、早く気付くべきだったでしょう。

ああ、土屋家は出雲の家柄なんですね。
旦那さんはあまり出なかったようですが、さすがにドイツでの結婚式ではたっぷり登場していたでしょう。

特別編なんて有ったのですか。
なんで特別編と呼称してたんでしょう。
当時では時間枠拡大とかは無いでしょうし。

保は彫刻家志望でしたか。
芸術家肌で、そうした連中が集まるパーティーに、
旦那の事で気を揉む和子を、気晴らしに連れて行ってやった事が有りました。

電話の話を覚えている人がいるなんて(笑)。
和子が西洋人形の大きなスカートの下に隠しておいて、
電話が入ってるんですよと持ち上げて見せたんですよね。
2014/03/16(日) 08:51:40 | URL | ごいんきょ
特別篇
お正月の特別篇とは私が勝手に書いたことでして、毎週のお話の流れがその回だけストップして全員の初夢のドラマになったものだったので、今週は特別だなぁと思った次第です。

思い出したことですが、五女の珠子さんは法律の勉強をして司法試験を目指していたような気がします。
それから大家族ならではの部屋割り(笑)ですが、六女の照子さんと七女の道子さんは同じ部屋で机を並べて勉強していたような。
末っ子の守くんは、長女の大きいちゃんと同じ部屋だった気がします。
2014/03/16(日) 10:10:22 | URL | モデラート
そうです。珠子は法科の学生でしたね。
あと保が美術系でしたか。
その下は、高校中学小学と、綺麗に別れるんですよね。ドラマだから(笑)。

二人ずつでしたか。
それでも結構な部屋数が必要になるわけですが、あの時代で海外旅行を複数でしたりと、
経済的にはそこそこ中の上って感じの家でしたからね。
2014/03/17(月) 00:39:26 | URL | ごいんきょ
懐かしいです!
渡辺美佐子の下の名前を忘れて、「ただいま11人 配役」と検索して、こちらへ寄せていただきました。昭和32年生まれの男です。
筆者の方は、配役の変更についての詳しい部分までご存知で、放映時には筆者が既にテレビ業界におられたのかなぁ? ぐらいの年代の方ともお見受けしましたが、昭和47年に電話が敷設されたとかで、ウチでも親が商売してたので電話は万博以前にはついてましたが、それまでは同様に、市外局番は近所の薬局まで行って、店主に赤電話の鍵をまわしてもらい、相手を呼び出してから親に代わるというようなかけかたをしてた時代です。
私が覚えているのは、大空真弓に変わってからの回です。
それと、次男・守が放課後の野球チームで「守のくせに守らない~」とか言われたとブツクサ文句を言ってるのを、そのまま会社でデスクが隣の同僚に話してる場面とかを覚えてます。それが渡辺美佐子だったのかが覚えてなくて、劇の中でやたら「シナリオ」という単語が出てきたのを覚えてます。

オープニングテーマも覚えてまして、リコーダーだったかオカリナだったかとピアノの演奏で、メロディだけはハッキリ覚えてます。
たしか、テンポはもう少し早くて、2コーラスあったかと思うのですが、とりあえず1コーラスだけこさえてみました。

https://www.dropbox.com/s/bn0fzcooqedcoer/%E3%81%9F%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%BE11%E4%BA%BA.mp3
2014/06/30(月) 03:59:41 | URL | (ハンドル未記入)
懐かしい!②
上のコメントを投稿した者ですが、削除できなくて、追加で書き加えますね。

我が家では、当時、その森繁さんのドラマもあったのかもしれませんが、役者がハレーションなドラマは好まなかったみたいで、こちらを見てたんだと思います。
なんせ、私が幼稚園かそこらの年齢ですから、ホームドラマなら典型的なものを見せたかったのかもしれません。

今回は、ハンドルネーム、書きましたので、こいつ宛てに、返信がもしいただけるようでしたら、お願いします。

それと、コメントに返信が付いた時にメールで連絡が来るようなシステムは、このブログには装備されてないんでしょうかね?  あれば便利ですけどねw

いずれにしましても、よろしうにおたの申します。
m(_ _)m
2014/06/30(月) 04:15:24 | URL | SuperChet
そうそう!
もうひとつ、書き忘れました。
イープニングの画面ですが、ハトが浮かび上がっては消えて、また浮かび上がって、、の繰り返しだったかと思います。
上記、他の方の文中に電話のことが話題になってますが、現代劇のことなので、違和感なく流れていったのだと思いますね。
いずれにしても、幼稚園か1年生の幼い頭脳が覚えたことですから、たかが知れてますわw
2014/06/30(月) 04:25:14 | URL | SuperChet
あ、いや。ワタクシはただのヲタクですし(笑)、この番組の視聴にも間に合わなかった世代です。
目には入っていたのかもしれませんが、とても記憶できる年齢ではありません(笑)。
いろいろ資料は掻き集めているので、知っている事もそれなりに有るだけです。

渡辺美佐子さんの役についても、その後わかりました。
児童教育映画のスクリプター兼助監督だったのですね。
そりゃあ見ていたモデラートさんとかもよくわからないわけです(笑)。
山村聰さんの父親は、○○重工業設計部長で、月収二十万。
池内淳子さんの長女は、夫を交通事故で失った未亡人の出戻りだったのでした。
山本圭さんの保は、芸大彫刻科の出。
松尾嘉代さんの慶子は、東大法学部で司法試験に挑戦しようとしていたんですね。

幼稚園だったという事ですが、随分とよく出来たMIDIですね。
ありがとうございます。
主題曲は、 懐かしのTV番組テーマ大全集というCDにも収録されています。

返信機能に関しては、FCさんの問題なので(笑)。

鳩でしたか。
なにしろ映像はまったく残っていないようなので、貴重な情報です。
2014/06/30(月) 07:13:46 | URL | ごいんきょ
返信ありがとうございます!
‪山村聰‬さんは、このドラマで「優しいお父さん」が私の頭の中で定着してしまっていたので、のちに厳しい役とか悪役とかを見る度に、「いやだな〜」と思ったもんです。
荒木道子さんは、あとでご子息の荒木一郎さんが歌手でテレビに出て有名になった時に「息子さんなんだぁ」と子供心に「ふぅ〜ん」と納得したりしてました。

MIDI ですが、私は元々ギタリストで、鍵盤を弾かないものですから、弾ける人なら、伴奏もメロディも、簡単にリアル入力して、パパッとできてしまうんでしょうが、これだけのものでも、1音々々ステップ入力しないといけなくて、それでも各々のボリューム調節やら、曲としての構成を考えて、ベースラインとかも試行錯誤して、それぞれを録音してから、コンプやリバーブを違和感のないように調節したりしてたので、0から始めて、4時間もかかってしまいました。 不細工ですねw
(因みに、ピアノは音質の柔らかいベーゼンドルファーとかのユーロピアノ系が音源にあるので、それを使ってます。他のだとキンキンしてしまって、聴いてられませんw)

「懐かしのTV番組テーマ大全集」というのは、よくあるタイトルのようですが、廃盤だったとしても、その正式タイトルで、販売されてたものですか?
できれば入手したいと思いますので、面倒でしょうが、お知らせいただければ幸いでございます。

いずれにせよ、情報量がハンパないですよね。リアル視聴でなくて、あれだけの内容を解説できるってのは、「ご立派!」としか言いようがないですよ!
これからも、もっともっと私たちを楽しませていただけますようにお願い致します。
2014/06/30(月) 09:30:32 | URL | SuperChet
丘さとみさん
このドラマみていました 7人の孫は森繁久彌さんがあまり好きでなく見なかったです 山村聰お父さんのほうが良かった・・
丘さとみさん 英語が得意だったのですか
私の義父が 市立尼崎高校での頃か中学生のころか 英語を教えていた(家庭教師)と言っていました


2014/07/01(火) 21:47:48 | URL | TOSSY
私もこっち派
私も「ただいま11人」派でしたね。
全部で11人の家族の話だから、この人と、この人と、この人ってな具合に幼い私でも、11人を全員認識できたんですね。でも、「七人の孫」、どれが孫よ、当然、その親も出てくるわけで、どれが親よ、誰が兄弟よ と、まったく人間関係を把握できず、見るのやめましたも。
当然、森繁さんより、山村さんが好きになりますよね。安定のお父さんでした。
2014/07/03(木) 20:15:29 | URL | みのモンタナ
● SuperChetさん
アマゾンで中古が入手可能です。
いま改めて見直してみて、つくづく凄い曲目です。
かなり大変だったと思うんですよね。
MIDIも大変だったでしょうが、ワタクシなら譜面を見ながらで丸一日かかるでしょうね。


● TOSSYさん
山村さん、いいお父さん役にピッタリですもんね。


● みのモンタナさん
ああ、そう言えば孫が七人という事は、親も入れるとかなりの大家族なんですよね。
2014/07/03(木) 22:18:28 | URL | ごいんきょ
ただいま11人
 「ただいま11人」は小学生の頃、見ていました。母親と4歳上の姉が大好きだったからです。テレビが1台しかないので付き合わざるをえなかったのですね。モデラートさまがおっしゃっている正月特番は「初夢イブニング」というタイトルでした。この作品で、あの荒木道子お母様が、なんと、「シェーッ!」を披露してくれるのです。ブラウン管に登場したシェー第一号ではないでしょうか。
2014/08/26(火) 14:17:24 | URL | キンちゃん
シェーッ!
キンちゃんさん、

お正月のタイトルを教えてくださってありがとうございます。
あの物静かなお母さん、荒木道子さんが着物姿でシェーッ!をなさったのでしょうか。観ていたはずなのに、思い出せなくて本当に残念です。
2014/08/26(火) 22:08:54 | URL | モデラート
初夢イブニング
 モデラート様、早速のお言葉がけ、ありがとうございます。「初夢イブニング」は不思議に印象に残っているエピソードです。家族全員の初夢を順次紹介していくというオムニバス形式の趣向でした。トップバッターは守クンで、彼の初夢は、早乙女家に強盗が入り、家族全員が縛りあげられるのですが、そこへ鞍馬天狗みたいなヒーローに扮した守クンが登場、これまたねずみ小僧みたいな衣装の強盗と立ち回りを演じ、見事に撃退、家族のピンチを救う、というものです。お父さんが褒美にプラモデルを買ってあげようといったところで彼の初夢は終わりです。さて、荒木道子お母様の初夢は……。いつものように忙しい朝のひとコマ。大きいチャンはじめ、家族全員が次々と「いってきまーす」とお母さんに送り出されて玄関を出て行きます。みんな出勤、登校してやれやれというお母さんですが、ところが、なぜか、たった今でかけたはずの大きいチャンたちが「いってきまーす」と言いながらまたしても次々と奥から玄関へ出てくるのです。パニックになったお母さん、奥の座敷のふすまを開けてびっくり、家族全員座ってニコニコしているではありませんか。そこで「シェー」が披露されるというわけです。上品なお母さんが、割烹着を着たままで、あのシェーのポーズをとるのですから(もちろん表情もみものでした)、私たちは笑い転げました。私は子供心にも「これからシェーは流行するな」と予感しました。
 あと、覚えているエピソードは……ドイツ土屋さんが、ドイツで正月を迎えるシーンで、「あーこれで栗きんとんがあれば文句ないんだがな」というと、奥様の中原ひとみさんが「文句ある?」と言って、隠していた栗きんとんの小鉢をサプライズで食卓にのぼせる場面なんか思い出しますね。「栗がないからマロングラッセで作ったのヨ。」なんて台詞、なんかイヤミでしたねえ(笑)。ではまた。
2014/08/26(火) 22:46:30 | URL | キンちゃん
エピソード
キンちゃんさんが書いてくださった守くんのエピソード、そうそうそんな感じでしたね。夜中の茶の間が舞台だった記憶があります。立ち回りのときに守くんが忍者のように壁や天井を駆け回った気がするのですが、そんな気がしただけかもしれません。
プラモデルのオチがあったことは覚えていませんでした。

お母さんのエピソードを読んで、お腹を抱えて(昭和語?)笑ってしまいました。
割烹着姿の荒木道子さんのシェーッ!は可笑しかったでしょうね。

11人だけでなく、ドイツ土屋さんのエピソードもあったのですね。
お母さんのシェーッ!と和子さんのイヤミにクスッとしました。
2014/08/27(水) 19:57:06 | URL | モデラート
キンちゃんさんの情報に触発され、調べてみました。
昭和39年の大晦日が木曜日だったため、この番組の放送が飛ばされており、
そこで正月特番という括りではありませんが、元日夕方5時から
『初夢イレブン』の回が放送されておりました。
夕方の放送だったので、「イブニング」と記憶されていたのでしょう。
内容までは解りませんので、キンちゃんさんの情報が貴重です。
いつもとは放送曜日、時間が違っていたので、見落とした人も多いと思われます。

お母さんがシェーをしていたというのも、実に興味深い事です。
シェーが全国的に流行するのは昭和40年も年末頃の話で、
約一年も早く先取りしていたこのお母さんは最先端を行っていたと思います(笑)。
ブラウン管第一号というのは、ほぼ間違いなさそうな感じがします。
そして昭和41年冒頭頃に猛烈に流行りだし、今の皇太子殿下も幼稚園でなさったという(笑)。
2014/08/30(土) 06:00:55 | URL | ごいんきょ
ただいま11人シェーその後
 管理人様、このサイトに集う皆様、お変わりありませんか。8月に「ただいま11人」の「初夢イレブン」における荒木道子さんのシェーが、ブラウン管に登場したシェー第一号ではないかという説を唱えましたが、少し怪しくなってきました(汗)。そもそもシェーがテレビでも流行し始めるきっかけを作ったのは、コメディアンの人見明氏で、彼が「赤塚不二夫の作ったギャグである」という断り付きで、さかんにシェーをやっていました。ところがこれは昭和40年以降のことです。「ただいま11人」で私がシェーを見たときは、人見氏はまだシェーを持ちギャグにはしていません。それで長い間、このただいまのシェーが第一号だと思っていたのです。しかし、ほぼ同時期に別の番組で「シェー」を目撃したことを思い出しました。それは、かつて高視聴率を誇っていた正月恒例の特番、「新春スターかくし芸大会」でです。
当時人気のあった、伊藤素道とリリオリズムエアーズの出し物がそれです。彼らがその時演じたのは、どこかの地方に伝わる「ひょこ踊り」。浴衣を尻からげして、手拭いで頬かぶり、お道化た表情をしながら「あ、ひょこ、あ、ひょこ、あ、ひょこ」とぐるぐるユーモラスに踊りまわる珍妙な民謡舞踊です。そのとき、踊りの最後に、リーダーのもっちゃんはじめ、メンバー全員が「あ、ひょこ、あ、ひょこ、あ、ひょこひょこシェー」とやったのであります。そのときの私の驚きは、ちょうど「ただ11」でのシェーを見たときと同じでした。すなわち、「あ、これ知ってる。おそ松くん』でやってるヤツや!」てなもんです。もちろんいっしょに見ていた母親らは「何?今の?」という感じ。このことからもわかるように、シェーがまだ認知されていない時期だったのです。「ただ11」のしぇーも「かくし芸」のしぇーも、どちらも正月年始の放送です。おそらく同じ年だったはず(一年の差があるとは、その後のシェーの浸透具合からまず考えられません)。さあて、はたしてどちらが第一号だったのでしょうかねえ?
2014/11/28(金) 21:39:53 | URL | キンちゃん
人見明さんがシェーの伝道師だったなんて初耳ですね。
これはサブカル民俗学に一石を投じる説と言えましょう(笑)。

かくし芸大会で披露するという事は、わりと広まってからという気がしますけどね。
前言では昭和40年も年末と書きましたが、それは幼児までに広まったほどの時期であって、
もう少し上の世代にはもっと早く広まっていたようです。
しかし、いずれにせよ昭和40年の流行語です。
2014/11/30(日) 22:13:09 | URL | ごいんきょ
ただいま11人
お母さんの初夢。部屋かどこかから一人づつ出てくる家族がぐるぐるとエンドレスに出てきてお母さんが困っていたような気がします。
恵子姉さんは作家志望でしたよね?
2015/03/25(水) 23:44:02 | URL | りつ
ただいま11人
懐かしい番組です。昭和39年といえば私が中学3年生の頃。
音楽部でフルートを担当していましたが、ちょうどこの番組の主題曲がフルートだったことから、耳コピでよく演奏したことを憶えています。
 先ほど、ロビーのケースからフルートを取り出して吹いてみましたが、指が憶えておりました。なんとか間違えずにテーマが吹けましたです。もう50年も昔になったのですねェ。
2015/08/14(金) 23:25:45 | URL | すたちけん
● りつさん
やはり「初夢イレブン」のご記憶ですかね。
慶子さんですか、作家志望になりましたか。


● すたちけんさん
ほー。素晴らしい。
よほど何回も吹かれたのでしょう。
2015/08/24(月) 03:34:42 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶
拝啓 よろしくお願いいたします。
皆様の驚異的な記憶力と番組に対する深い愛情に、今更何も申す事はございません。ただひとつ「テーマ音楽」について解っている事だけをお伝えいたします。作曲は「冬木透氏」で、そのフルートを2本使い実にシンプルなオーケストレーション、アレンジは、印象的な綺麗なメロディーを引き立たせましたね。此処でもう数十年前、夢中で過去の音源を収集していた頃、突然入手した「ただいま11人のテーマ曲=当然当時のテレビ放映から録音されたもの」ですが、これから更に数十年後「当時のソニーレコードから出されていた懐かしのテレビテーマ曲集に収録されていたただいま11人のテーマ曲」とは、アレンジとエンディングが違うのです。つまり少なくても「2種類のテーマ曲のパターンが存在した」と。違う部分は「微妙なアレンジの相違、テンポ、エンディング」でした。今となっては作曲家の冬木氏でも解らないかもしれませんね。一ついえます事は、間違いなく名曲と。 敬具
2017/05/24(水) 12:47:47 | URL | よしたかくん
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