私的 昭和テレビ大全集
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グーチョキパー (1962)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、当時世代には鉄腕アトムとの組合せも懐かしい、この番組です。





♪ 醤油もソースもキッコーマン

キッコーマン提供のフジテレビホームコメディー枠第二段で、
前作の『わんぱく同盟』もそこそこの知名度は有りますが、
このグーチョキパーは、当時は人気ドラマだったのです。
でも、今日的にはまず語られる事は有りません。
これが本当に不思議なのですが、例によって映像が残っていないのでしょうか。
映像が残っていないと、どうしても後年に扱われづらくなり、
映像が残っているものが扱われて、記憶や記録の再生産をされていくのに対し、
ますます情報構成比率が落ち、更に扱われなくなるという悪循環が有りました。
不肖当ブログ、そこいらを断ち斬りたいというのも創設当時の
大きな目的の一つでしたが、ここのとこの昭和三十年代特集は、
そういう意味では、個人的に非常に意義深い特集となっております。
このまま千番組くらい続けていきたいくらいです(笑)。

なにしろこの番組、時の絶対王者・鉄腕アトムに続く時間帯でした。
まず、元々は火曜18時15分に放送していたアトムが土曜19時になり、
しばらくして、この番組の前番組『わんぱく同盟』が、
木曜19時から、アトムに続く土曜19時半からにやってきます。
この辺の事情をワタクシなりに推察すると、アトムの大人気を見て、
おそらくフジテレビが電波料の引き上げを狙ったのでしょう。
でまあ明治製菓側も、超絶人気のアトムは手放したくないし、
より見映えのするゴールデン枠真っ直中も悪くないと踏んだのでしょう。
なにしろ天下の明治製菓、少々の引き上げはビクともしないでしょうから(笑)。

そうすると、続く枠は30分西部劇をやっていたのですが、
フジテレビとしては、続く時間帯もより子供向けにすれば相乗効果が出ると踏んだのでしょう。
そこで、キッコーマン提供『わんぱく同盟』に白羽の矢が立ったと。
『わんぱく同盟』は途中からの枠移動となりますし、付いて来られない視聴者もいる、
という判断になったのかもしれません。
『わんぱく同盟』の方は丁度2クールでもあって、移動後すぐに終了させ、
新しく、この『グーチョキパー』が始まった訳です。
こうして、土曜19時台のフジテレビに、子供たち不動の一時間枠が形成されました。

ワタクシの手元に、昭和40年当時のグーチョキパー制作資料がございます。
これは、或る小学校の或る二年生教室の生徒だけを対象にしたもので、
その子たちに特定の回を見て貰い、7項目のアンケートを実施しております。
ワタクシの目から見ると稚拙な設問が多いように思えますが(笑)、
中の、普段この時間に何を見るかという項目で、回答26名中、
「なにも見ない」子が二名、「みんなの科学」を見る子も二名、
他は全部、このグーチョキパーの名を挙げているのです。
「ホイホイミュージックスクール」の名は皆無です。
道理で当時コメントが集まらない訳だ(苦笑)。
更に注目すべきは、ほとんどの子が鉄腕アトムと併記している事。

「この時間」というのはグーチョキパーのやっている時間という事でしょうが、
裏番組の名を挙げた子は、「みんなの科学」と答えた二人の他は、
『たまに「バックス・バニー(NET)」も見る』とした子がいるくらい。
まだ二年生という事も有って、設問にそぐわない、
他の時間帯の番組名を他に挙げる子も数名いるのですが、
とにかくこの時間はグーチョキパーを見る子が多かったのは確かなようで、
尚且つそのほとんどは、前のアトムと二つの題名を答えているのです。
「この時間帯」というのが彼らにとって、アトム~グーチョキパーという
続けての一時間という捉え方だった事がわかります。
なのに、今やアトムと比べてあまりもの振り返られなさ(苦笑)。

内容は、やや先進的な、少し恵まれた感じの五人家族を描いたホーム・コメディー。
当初は評論家と女医の夫婦家庭が舞台で、夫の荒岩寧が小島正雄、
妻の荒岩みち子を木暮実千代が演じました。
子供は三人で、長男が大学生の豪太郎。これはなんと林与一でした。
長女は高校生のキーコ。キッコーマン提供だからキーコ(笑)。
演じた南弘子は東宝で、後に、ウルトラQやウルトラマンで活躍した、
あの元祖特撮ヒロインの桜井浩子らとスリー・チャッピーズを結成、
クラウンからレコードも出しているのです。
そして、末っ子の次男・太が、実質主役の小山伸一でした。

ところが、売れっ子の小島正雄が2クールの契約だったようで、
番組そのものはアトムとの相乗効果で非常に人気が有り、
打ち切るのも勿体なかったんでしょう、なんと、
主役一家を丸ごと替えるという荒療治に出たのでした(笑)。
この際、子供達に人気の高かった太はそのままで、
周りの舞台だけが大藪家となったため、一部の視聴者が戸惑いました。
その際、ママ役の木暮実千代が、「都合で大藪家が舞台になりますが宜しく」
と、告知を兼ねた挨拶をしております。
娘役はジュディ・オングに変更となりましたが、南弘子も別役で出演しました。

更に昭和42年5月6日からは、新・グーチョキパーと題名まで替えて、
谷幹一の演じる漫画家がパパの家庭となりました。その劇中名も、田子八郎(笑)。
ママ役は、大藪家から引き続きの中村メイコ。
最初から末っ子役を続けた小山伸一を除けば、最も長寿の出演者でした。
小山伸一の役名は、ここで昇に変更となりました。
8月31日放送回は、『トマト爆弾事件』。
題名は変わっても回数は通算しており、第222回にあたります。
ところがこの副題、実は昭和39年6月6日の、第一回と同じ題なのです。
そんな偶然が有るのでしょうか。

有るわけ無いですね。
実は、この二作の内容はまったく同じなのです。
乱暴な運転をしてお婆さんを脅かし、逆に危ないと文句をつけた上、
吸い殻をポイ捨てした若者に、太(昇)がトマトをぶつけてしまう話。
最初、ママは文句をつけに来たこの若者に謝ってしまうのですが、
実は若者が傍若無人な振る舞いだったと知り、噛みつき返すと、
若者は己の非を認め謝るという、他愛も無い話でした。
第一回の『トマト爆弾事件』では九重佑三子がゲスト出演し、
中で歌も披露していたようですが、222回版の方ではゲストが中尾ミエでした。
勿論、パパ役が漫画家になってママ役が女医でなくなった違いが有りますので、
その辺の描写は修正されていますが、他の基本的な筋の流れはまったく同じ。

この『新』では音楽も少し変わっていたようですが、
編曲が変わっただけだったのか、それとも主題歌そのものが変わったのでしょうか。
おそらく編曲が変わっただけだとは思うのですが、
この回のエンディングの音楽は、第一回当時の主題歌伴奏が使われたようです。
何故、『新』の第一回でもない回で、かつての第一回と同じ内容をやったのか。
そして、何故、わざわざ第一回当時の音楽を指定したのか。
この謎を解明するのは、もう難しいかもしれません。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
塩漬けにされたような記憶ですが
この番組-なぜか最終回の一場面のみしっかり記憶にのこっているのです。お父さん(谷幹一)がメキシコオリンピックを見に行くと言って、ソンブレロを頭に乗せロバに跨って去っていくという。子供心にも『ロバでメキシコ行けるか!』と思いました。記憶を共有できる方がもしいらっしゃったら嬉しいです。
2014/03/31(月) 23:50:20 | URL | 遠目のマグー
朧げな記憶
「てなもんや三度笠」「チャコちゃん」「ウルトラQ」等と並び、私の最も古い記憶の中にある番組の一つです。
子供達が合い言葉のように「いざ、さらば!」なんて言い合ってたのは、この番組でしたっけ?
たしか勝新がゲストで登場する回があったはず(他の番組と混同しているのでなければ)。

「ウルトラQ」と言えば、22歳になってビデオで第25話「悪魔っ子」を再見した時、3歳の頃1回だけ観た映像が「たしかに見た! 聴いた!」と、頭の中に鮮明に蘇ってきた感動というか衝撃が忘れられません。
今、この歳になって「グーチョキパー」を再見したら、果たしてどうか?
でも、実現不可能なんですね・・・
2014/04/01(火) 00:02:30 | URL | esme
ずるいとおる 引っかかった引っかかった いたずら婆さん
 記事を読んで、私が楽しみに見ていたのは昭和42年からの「新〜」であったことが判明しました。どうもありがとうございます。
 インパクトがあった役名は、主人公の同級生・ずるいとおる。どういう漢字を充てるつもりだったんでしょう。役名通りいつもズルいことをやる役どころでした。
 谷幹一は月光仮面で顔を知っていて、とぼけかたが好きでした。そうそう、役名はタコハチローだったんですね。謎が解けました。後年、故・たこ八郎の名前を知った時、違和感、というか、あれ何でこの人が? という感じがずっとついて回りました。番組のインパクトが強かったようです。私の知人にも「田子」という名字の人がいますが、「たごさん」です。
 覚えている話や場面はあまりないんですが、主人公の子がいなくなるという、今だったら危ない話がありました。いじめっ子三人組がどこかに閉じ込めたか何かだったと思いますが、探しまわるお父さん谷幹一がアタフタ通りかかると悪ガキたちは三人並んでブロック塀にもたれ風船ガムを噛んでいます。「うちの子見なかったかい」と訊くと、腕白トリオが声を揃えて「知らねーな」 谷幹一が「あぁハモってるね」と情けない受け答えをしてまたアタフタと通り過ぎる、という場面を覚えています。

 ずるい君は顔を覚えていませんが、この番組で一番存在感があったのは、熊倉一雄が演じた「いたずら婆さん」です。通り道の低いところに紐を張っていて通る人を転ばせたりという、意地悪ばあさんに比べると他愛がないというか見ようによっては却って悪質ないたずらばかりしてました。

 引っかかった引っかかった引っかかったよ、チャン

 今でもつい口をついて出てしまうフレーズとともに熊倉一雄のくしゃくしゃの笑顔が強烈に焼きついています。私は「意地悪ばあさん」はテレビより原作の方が好きでしたし、青島の意地悪ばあさんよりこの「いたずら婆さん」の方が好きでした。
2014/04/04(金) 19:00:54 | URL | あぶもんもん
塩沢とき
検索したら
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-8026
というサイトに少し情報がありました。
ずるい・とおる君の母親を覚えている方がいらして、塩沢ときだと書いてらっしゃって、記憶が蘇りました。
ウィキペディアで見ると、塩沢ときは昭和37年の第一シリーズに出ていたようですが、たぶん昭和42年のシリーズにも同じ母親役で出ていたと思います。上記サイトで思い出させていただきましたが、「トオルちゃん、トオルちゃん」という独得の声で溺愛ママを演じていました。ということは、トオルちゃん本人には罪がなくて、子ゆえの闇の母親の犠牲だったのかも。
 ↑上のコメントに「主人公の少年がいなくなる」話を書きましたが、上記サイトに書かれていた、「悪ガキを含め子供達が一致団結してトオルちゃんを教育ママの手から救ってかくまう話」だったかもしれません。しかし谷幹一の狼狽ぶりから考えると実の子を探しているようにも思えるので、別の話かもしれませんが。
 他にも今陽子、渥美清(外人役!??)、第2シリーズの父親役に小山田宗徳、中村メイコの役名は田子スミ子だったなど、いろいろ覚えていらっしゃる方々のコメントが載っていますが、私はどれも思い出せませんでした。
 塩沢ときが話していたのはやっぱり「ざあます」言葉だったように思います。「トオルちゃん」という溺愛声のほかにも、何か特徴のあるフレーズか語尾を使っていたようにも思うんですが・・・思い出せません。
2014/04/04(金) 23:00:14 | URL | あぶもんもん
● 遠目のマグーさん
なんか、当時の番組の最終回っぽいなあ(笑)。


● esmeさん
太はガキ大将で、「親分」と呼ばれていたかと思いますので、
「いざ、さらば」というやり合いも有り得ますね。
これはVTR作品ですから、まあ残っている可能性はほぼ皆無…

● あぶさん
ずるいとおるねえ。図留井とでも書いたんでしょう。
あれ? 初代・月光仮面の記憶が有るのですか。昭和40年代に再放送したようですからね。
「頭の体操」で一世を風靡した、多湖輝(たご・あきら)って人もいました。
「ああハモってるね」が可笑しかったな(笑)。
熊倉さんもお婆さん役やってたんですね。
2014/04/05(土) 22:15:24 | URL | ごいんきょ
中学生群像の鬼頭くん
「頭の体操」の編者、私は当時しばらくの間「たこ」と読むんだと思ってました。表紙にフリガナが無かったのかも。奥附かカバーの折り返しの著者名にはフリガナがついていたでしょうか。
「中学生群像」に鬼頭くんという男の子が出て来たんですが、その子の性格が、私の記憶の中では何故か、ずるいとおる君とダブっています。協調性が無く一人だけ勝手なことをするという・・・鬼頭君のほうは本人が本当にそう描かれていたと思います。上のコメントにも書かせていただきましたが、ずるい君は母親に問題があったんじゃないかと思いますが。後年、中学生日記に鬼頭先生という学年主任か何かの先生が出て来たときは違和感がありました。
2014/04/08(火) 19:53:04 | URL | あぶもんもん
たしか折り返しの著者案内には読み仮名ついていたはずです。

鬼頭というと判事補と来る世代ですが(笑)、まあ外れてない設定かも(笑)。
2014/04/08(火) 23:58:02 | URL | ごいんきょ
知らねーな
↑上のコメントで、谷幹一が「うちの子見なかったかい」と聞くと腕白トリオが声をハモらせて「知らねーな」と答える場面を書きましたが、三人そろって、噛んでいたチューインガムを指でニューッと引っぱり出しながらやるんです。
 この仕草、噛んでたガムを引っぱり出して伸ばすというのは、この番組に限らず何度か見た記憶があるんですが、流行ってた時期があるんでしょうか。
2014/06/03(火) 20:10:53 | URL | あぶもんもん
柄の悪い言葉を表題にすると、荒らしに見られますよ。
そう言えばチューインガムを引っ張るというのは、よくやりました。
漫画では有ったと思いますが、テレビではそんなに見たかな。
流行りというより、子供がよくやる所作って感じだろうと思うのですが。
2014/06/04(水) 01:11:33 | URL | ごいんきょ
はじめて投稿します
チューインガム、指で引っ張って、また口に戻すと「汚いからやめなさい」と母親からよく怒られました。
私がみていた頃はジュデイー・オングが出ていたときでした。
なぜか、ある回の話だけ、強烈に記憶に残っています。
近所の店に集団就職でやってきて3年経つ娘がメインの話です。3年もやれば皆、仕事にも慣れ、うまくやっているのに、自分はいまだに失敗ばかりの毎日で、もうやめて田舎に帰ろうと思うのですが、ジュデイー・オングの御父さんが、「桃栗三年、柿八年という諺があるだろう。まわりの人は桃や栗だけど、君は柿だ。八年がんばれば最高おいしい実をつけられるんだ。だから、それまでつらくてもがんばろう」と励ますのです。ドラマの娘が納得してましたが、私も子供心に妙に納得した記憶があります。
2014/06/13(金) 22:56:41 | URL | みのモンタナ
へえ。
なんか、このブログの時節柄、『どっこい大作』でも通じそうな話(笑)。
8年経っても駄目でも、梅の十三年が有りますしね(笑)。
2014/06/13(金) 23:39:11 | URL | ごいんきょ
塩沢とき
決め台詞は「まーったらまー」。
それから巨漢のスキンヘッドの田中淳一もいました。
2015/08/22(土) 00:11:56 | URL | さざんくろす
あれー。
おときさんのその言葉、なんか思い出したなあ。
やっぱり、見た事ありそうな。
2015/08/28(金) 00:56:32 | URL | ごいんきょ
出演者です
初めまして。ふと懐かしさで検索をしてこちらサイトに着きました。
当初の2クールに出演しておりました。太の仲間が二人おりまして大きい方でした。もう一人はウルトラQでカネゴンをやられた方でした。塩沢ときさんとの共演も覚えております。毎回ゲストをお迎えして私たちが絡む演出でした。記憶にある方々は、手塚治虫先生、林家三平師匠、柳家金五郎師匠、忍者部隊月光、初代引田天光氏等当時の一流が出演しておりました。私の役名は忠明でして、これは監督の本名でした。土曜日が本番撮影日でしてこの番組をリアルタイムで見ることは出来ませんでした。ビデオが現存しないのは当時はビデオテープが高額だったので使い回しをした為と聞いておりました。脚本者にジェームス三木氏も参加なさっていました。一度本番リハーサル中に最高使用率が38%との発表がありスタッフ一同大喜びした記憶があります。50数年前ですのでおぼろげな記憶もありますが、共演者との写真も所持しておりますので大変懐かしく、また、この様に取上げて頂き嬉しく思いました。
有難うございました。
2016/03/10(木) 06:10:01 | URL | ラブラドールくま
初めまして。
太の友人役の方ですか。
もう一人はカネゴンって、着ぐるみの中って事ですか?(笑)

かなりの人気番組でしたから、出演者も豪華ですね。
手塚先生が出たのは、明らかに前時間帯のアトムとの連携でしょう。
三平さん、金語楼さん、月光と、いずれも当時の大人気者ですなあ。
と言うか、忍者部隊月光との共演ってどんな話だったのでしょう。

引田天功さんは、まだそれほど注目されていなかったかと思いますが、
どのような繋がりで出演されたのか興味深いですね。

大体、子役の役名は本名が使われるものですが、監督の名前というのは珍しい例ですね。
生放送ではないけれど、放送当日の収録だったという事ですか?
前の週の土曜って事かな。恐らくそうでしょうね。

やはりビデオ収録だったのですか。
では、やはり現存はしてないでしょうね。
家庭にビデオを持っている出演者がいた可能性もかなり低いでしょうし。

38%というのは、おそらくアトムが最高視聴率40%超を弾いた日だと思うのですね。
それにしても凄い数字で、今日、ここまで語られないというのが本当に不遇な番組です。
写真その他の資料や思い出話など、ブログ等で公開されると喜ぶ人が多いと思いますよ。
2016/03/13(日) 00:53:05 | URL | ごいんきょ
続きです
カネゴンの変身前の主人公です。
忍者部隊は太の夢の中のお話だったと記憶しております。
太を中心に三人で色々イタズラをしますが勧善懲悪の清々しい番組でした。

木・金・土が本読み稽古、立ち稽古、本番と30分番組としては時間を掛けて制作していたと思います。
収録が深夜になり林与一氏と局手配のタクシーで度々帰り、車中で色々教えを頂きました。大変紳士で楽しい方でした。
金五郎師匠は大きなカンペを使用していたのが強烈に印象に残っております。
都内ロケも多々有りました。
最終回は野際陽子さんも出演していてダンスパーテーの場面でご一緒に踊って頂いた記憶があります。

この項ではありませんが
私はこの番組他に単発で「三匹の侍」「俺あ三太だ」「マンモス家族」「七人の刑事」「少年探偵団(生放送)」
「歌謡ショー」等に出演しました。

三匹では丹波氏の周りは何時も人の輪が出来笑い声が絶えません、長門氏は大概居眠りをしていて、平氏は出番以外は見当たりませんでした。今思えば五社監督の演出は適材の番組だったと思います。
今日はこの辺で失礼いたします。
また投稿させていただいて宜しいでしょうか。
2016/03/25(金) 05:08:55 | URL | ラブラドールくま
あ、カネゴンのあの少年がもう一人だったのですか。
自分で指摘して気がついたけれど、カネゴンの中にも子役さんが入っていたのかな、
小さい大人が入っていたのかな。
ピグモンの人が入っていたのかもしれませんね。

月光との共演ってどう成立するんだろうと不思議でしたが、夢オチですか(笑)。
ケンちゃんシリーズとか、昔の子供向けドラマには多かったなあ、夢オチ。

昭和40年代くらいまでは、ビデオ撮りも失敗が許されないから緊張感あったでしょうね。
だからリハーサルも或る程度やっていたし、
その辺からして今のテレビ人とは心構えが違っていたのではないでしょうか。

林与一さんもその頃は売れっ子ですね。
人気番組でしたから顔触れが本当に豪華。

投稿は勿論お待ちしておりますが、なんだか探偵団の方で取材させて戴きたいくらい(笑)。
ご自身でブログされても喜ぶ人が多いでしょうが。
ウチですと、挙げられた番組はどれも既述ですので、
上部中央検索窓で該当スレを探して戴いて、
それぞれの番組コメント欄に書いて戴けますと助かります。
2016/03/26(土) 06:36:36 | URL | ごいんきょ
ほとんど覚えていませんが
久しぶりに投稿致します。
「グーチョキパー」は、私が4歳~6歳の頃のものですが、小島正雄氏やジュディ・オングがでていたのはおぼろげに覚えています。あと、これを観た後に寝ていたように思います。
さざんくろすさんご指摘のスキンヘッドの田中淳一さんは、私も覚えていて、最近「ウルトラQ」の「1/8計画」に囚人役で出ていたのを確認しました。
このドラマで覚えているのは、もしかすると違うドラマかもしれないのですが、主人公太の友達が食堂の息子で、王治貞という名前で、母親が桜むつ子さんだったということです。
もし違っていたらすみません。覚えている方がいたら助かります。
2016/10/25(火) 00:56:21 | URL | ブロンソン
なんだか凄まじく懐かしい名前だなあ(笑)。
(前略)再び来る者 涙して迎える(後略)

王貞治ならぬ治貞ですか。
陽打治には負けてるな(笑)。
2016/10/26(水) 05:49:31 | URL | ごいんきょ
ながしめ、腹本・・・読捨拒人軍だ!
2016/10/26(水) 11:04:00 | URL | (ハンドル未記入)
おぅ。わかる人がいるとは(笑)。
『アッホ』読みたくなっちゃったなあ。
取り敢えず、次の漫画投句で扱おう(笑)。
2016/10/30(日) 05:09:28 | URL | ごいんきょ
グーチョキパーで1969年頃に今野陽子出演?
ギーチョキパーに1969年頃、ピンキーとキラーズでデビュー前後の今野陽子さんがゲスト出演していた気がします。このときに出ていた可愛い女の子(工藤富子さん?)の情報はありませんか?ネットで検索してもまったく情報がありません。当時の甘酸っぱい恋心を感じたくコメントしてみました。気持ちは十代の少年からの投稿です。
2017/02/06(月) 22:22:35 | URL | 競輪大好きあき
今陽子さんですね。ゲストではなくて、固定出演だったようです。

工藤富子さんの当時のプロフィールは見つかりました。
昭和28年11月27日生まれ。当時富士見中学二年。
3歳の時に松竹映画「雨だれかあさん」でデビュー。
「グーチョキパー」の他、NHK教育の「明るい仲間」にも出ていたようです。
2017/02/09(木) 23:17:15 | URL | ごいんきょ
新参者からご挨拶
拝啓 しかし半世紀も前の小学校1年頃見ていた「グーチョキパー」を今こうして皆様と共に思い出しながら語れる事を心より感謝いたします。当時フジテレビと記憶しており、「太少年」を主人公に、本当にのんびりとしたホームドラマの走りの様な感じでしたね。覚えているストーリーは「太少年が池の周囲で遊ぶ為に、工事現場から無断で資材持ち出し埋め立ててしまう。真っ黒になってお風呂に飛び込み、翌日全てがばれて父親(谷幹一)に張り倒される話」とか「転んで膝に怪我をして、早朝医者に行って縫合してもらい、医者が大あくびしながら顔を洗っていた話」とか「母親(小林千登勢)が太の友人の母親と喧嘩し、豆腐屋の豆腐を相手母親の顔に塗りたくった話」とか「この当時水道料金が上がり、水道集金人が払ってもらえない話があり、母親(中村メイコ)が気の毒に思い、自宅にあげて冷たい弁当を広げる集金人に、熱い味噌汁の残りをふるまう。そして東京都民だからと」何かとワンシーンを思い出しますね。また主題歌なのですが、調べますと歌っていたのは当時中学生?位だった「今洋子」さんだったと。これが彼女の実質デビュー曲ではないかと以前某雑誌のインタビューで答えています。曲は「不明 楽しくなったらワッハッハッ グーグーチョキチョーキーグーチョキパーっのパッパ」作曲は「広瀬健次郎氏」(昭和ガメラのマーチやオバQで有名)といわれています。またこの後番組として「ゆびきりげんまん」がありまして、これも各シーン覚えています。なおこの「ゆびきのげんまん」はピンキラの歌で少なくてもカセットテープ化で発売されていました。敬具
2017/03/19(日) 21:39:53 | URL | よしたかくん
いやあ、小一当時しか見ていないはずなのに、沢山覚えておられますなあ。
ビデオも残っていないものは、当事者の記憶で語るしかないので、どれも貴重な話です。

主題歌は今陽子さんだったんですか?
オムニバスの形ではシートに収録されていて、それはカバー歌手だったかと思いますが。

ゆびきりげんまんの方は、レコード化されているはずです。
2017/03/23(木) 06:57:49 | URL | ごいんきょ
うろ覚えですが、思い出すこと色々
当時のED前後のキッコーマンCMソング

♪めんみのつーゆでうどんにおそば
ひたすらつるつるたべたいね
(コミカルな女声で)

主題歌(わんぱくそうな男の子の歌声で)

♪グーチョキパー パッパッパー
グーチョキパー パッパッパー
グー・チョキ・パー!

まけないぞ(グー) まけないぞ(チョキ)
苦しくても笑っちゃう かなしくなったらワッハッハ
グーグーチョキチョキ
グーチョキパーのパッパッ

※最初はがさつな感じの歌い方だったが、
のちに歌詞そのままで、さらりとした感じの
歌い方に変った。男の子の声は同じ。


ずるい一家の他にわるい一家も居ました。
わるい一家とずるい一家はいつもつるんでました。


以上断片的ですが(なにせ小1-2の頃なので)、情報提供させていただきました。
2017/08/06(日) 02:01:09 | URL | (ハンドル未記入)
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