私的 昭和テレビ大全集
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悦ちゃん (1956)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、テレビ人気子役の元祖を探る、この番組です。





日本でのテレビ史上初の子供タレントは誰か。
おそらく、松島トモ子こそその名に相応しい人物でありましょう。
彼女はそもそも、3歳の時からバレエを習っており、
その教室の様子をニュース映像で見た松田定次監督の目に止まり、
4歳で東映映画『獅子の罠』に出演したのが芸能人生の始まり。
7歳からは歌も歌い始め、童謡歌手としても名が高かったし、
映画の方でも天才子役として名を馳せていたものです。

そんな彼女がテレビにも進出したのが、昭和31年暮れ。
日本テレビで木曜20時半から放映していた『獅子文六アワー』で、
「おばあさん」に続く第二弾『悦ちゃん』の主役に抜擢されたのでした。
既に売れっ子の彼女だけに時間が取れなかったのか、
三ヶ月と期間を区切っての出演で、その間は映画はやらず、
テレビに専心していたようです。
また、主題歌は原六朗作詞作曲のジャズ調の歌を、彼女が歌ったようです。

悦ちゃんのパパはロクさんといい、最初の発表では市村俊幸が演じるとの事でしたが、
わずか二週間くらいで、何故か竜崎一郎に変更となったようです。
生ドラマ時代、発表から間を置かずに出演者が激変する事が結構ありました。
戦前に日活で映画化されていて、その際には主役の女の子が、
役名の「悦ちゃん」をそのまま芸名にして人気を博しましたが、
この番組での松島トモ子も、大いに注目されたようです。
3ヶ月は好評のうちに終わり、また3ヶ月ほどして、
時間帯を火曜夜7時半からに繰り上げ、第二部が再開されました。

内容は、妻に先立たれたロクさんが、インテリでブルジョアの薫に夢中になり、
彼女との再婚を決心するものの、悦ちゃんは取り澄ました感じの彼女を嫌い、
子供ながらの抵抗を見せる、というのが第一部。
続く第二部では、貧乏なロクさんに見切りを付けた薫が作曲家へと走り、
ロクさんは悦ちゃんも忘れて彼女を追って家出してしまうという、
いかにコメディーとは言えトンデモ過ぎる話(笑)。

残された悦ちゃんは健気に新聞売りをして生計を立てながら、
歌の才能を見出されて歌手として活躍。
テレビにも出演し、それを見たロクさんが夢から覚めて、
娘の元へ戻る、という話だったようです。
実際の松島トモ子像をかなり重複させた作りにしたようですね。
薫役が南風洋子、婆やが飯田蝶子でした。
なんと、昭和天皇もご覧になったと伝わる、天覧番組でした(笑)。
年末には映画化もされ、松島トモ子は丁度五十本目の出演だったようです。

昭和32年11月23日には、実父の十三回忌として、「父に捧げる歌」という
リサイタルを十二歳にして執り行った彼女。正に絶頂でした。
彼女の父は三井物産社員で、シベリアに抑留され、そこで非業の死を遂げたとの事。
この、「戦争犯罪」ですらないソ連の非道を、なぜ左翼は糾弾しないのでしょう?
それはともかく、そのリサイタルで彼女は「赤い風船」という自作詞に、
関沢新一が補作し、原六朗が曲をつけた歌を披露。
およそ子役としては破格の活躍ぶりでした。

年の明けた昭和33年1月8日から、第三部ともいうべき新章が始まりました。
松島トモ子、悦ちゃんの根強い人気が偲ばれます。
但しこの時は、獅子文六の原作を離れ、悦ちゃんとロクさんの名前と性格だけ拝借し、
まったく別の話で構築する事になりました。
おそらく根強い人気に応え、長期放送を目論んでの措置だったと思われます。
実際、この時は丸一年ほども放送が続いたのでした。

それに伴い周辺人物が増えて、口喧嘩の絶えない大工の棟梁夫婦などが登場し、
飯田蝶子は、この大工の奥さんへと配役変更となっております。
3月26日放送回は、悦ちゃんの小学校卒業式。
そこへランドセルを背負って登校したらしく、卒業式にランドセルはおかしいと(笑)。
また、4月2日放送回ではデパートに洋服と鞄を買いに出掛けた悦ちゃん、
服を着て帰ったはいいとして、着ていった服はどうしたという指摘も(笑)。
往時はドラマ作りも鷹揚だったのでしょうが、見ていた方はそうでない人もいたようで。
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スポンサー
たまたま見つけましたが、スポンサーについて書いてなかったので、書いておきます。

スポンサーは日本電池(現:GSユアサ)の一社提供でした。

GSバッテリーは、自動車用バッテリーで有名ですが、当時は乾電池も作っていたかもしれないです。

後に同業の湯浅電池と合併して、現在のGSユアサになりました。

ちなみに、旧日本電池は関東系、旧湯浅電池は関西系です。
2014/04/13(日) 07:42:19 | URL | 10000k
日本電池提供は、最後の一年放送版の際ですね。
それ以前に関してはどうなんでしょうか。
2014/04/13(日) 15:32:48 | URL | ごいんきょ
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