私的 昭和テレビ大全集
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黄金の椅子 (1956)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、番組多様性についても考えてみたい、この番組です。





歌手、作詞、作曲家、ボードビリアンなど、一家を成した人の半生には、
並々ならぬ努力と豊かな天才の鮮やかな足跡が残っている。
その足跡を辿りながら、その人の個性を描き、黄金の色燦然たる30分たらしめようという番組。
時のNHK年鑑を紐解けば、かような解説が有りますが、
その索引項目は、【お】欄ではなく、【き】欄。
その心は、『黄金の椅子』と書いて「きんのいす」と読むものでした。
昭和50年代に有った『ビッグショー』という番組の元祖のようなもので、
様々な分野で一家を成した人間が、ゲストも交えながらその世界を紡ぐ30分。

敢えてビッグショーと違う点を挙げれば、やや時間が短い事はともかく、
昭和30年代という事で、当時の大人層が鑑賞に堪えた分野が、
今の大人よりも成熟していた、というのは有ると思います。
例えば昭和34年7月7日放送回は、サックスの第一人者、松本英彦ショー。
例の伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズらと、6曲を披露。
ゲストが江利チエミ、中村八大、ジョージ川口という豪華、
かつ大人の雰囲気を湛えた面々。
今、NHKと言えども、このような番組を夜8時台には放送しないでしょう。
劣化、ここに極まれりというものです。
しかしその劣化は、他ならぬ視聴者も後押ししているわけですが。

昭和33年11月4日は、アズマカブキの吾妻徳穂ショー。
白黒画面ももどかしい藤娘の艶やかさも有れば、
東京キューバン・ボーイズとの異国調・マカレロも披露と、
多様な人、多様な見世物を意識した番組性が遺憾なく発揮され、好評。
昭和35年1月19日放送は、先の『悦ちゃん』でも名が出た原六朗ショー。
ジャズ繋がりのフランキー堺が、軽妙な語りで引き立て、これも好評。
昭和35年2月16日放送は、舞踊家の花柳徳兵衛。
芸術祭文部大臣賞を受けた創作舞踊「さくら変奏曲」を披露など、
真に多様な人物が、その持てる世界を披露しておりました。
このような番組は、今や、まずNHKでしか作れないわけです。
一社提供が当たり前だった頃なら、ハードルは高くも民放でも不可能ではなかったです。
素人民謡名人戦とか有ったくらいですからね(笑)。

こうした番組を作れるNHKを取り戻すのが多様性の確保であって、
そこらの腐れ民放に溢れている芸NO人どもの似非バラエティは、
格別にはNHKに求められている番種ではなく、
NHKまでそのようなもので溢れたら、
落ち着いた番組を見たい層の行き場が無くなるのです。
国家・民族観でもそうですが、多様性の確保には、
実は厳然たる垣根が必要である事が、あまり理解されていません。
ガラパゴス島に犬猫を放っても、生物多様性ある島とはならないでしょう。

昭和32年度には、吉田正、森繁久彌、フランキー堺といった面々や、
サトウハチロー、山田耕筰といった、文化的にも保存しておくべきだった顔触れも。
藤山一郎ショーでは、自宅を訪問したフィルムを挟み、
当時はあまり私生活を窺えなかった歌手の姿を描く工夫も有りました。
そして、宝塚との二元放送という特別仕立てで、白井鉄造ショーを実現。
この白井、あの ♪ すみれの花咲く頃 の歌詞を訳した、
生涯宝塚歌劇を支え続けた演出家でありました。
娯楽に疎いこの日本で、百年も歌劇を継続できた礎を築いた人であります。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
この番組についての補足を(やや乱筆気味ですが御容赦ください)
NHKアーカイブスの番組検索によると、この番組の放送期間は2期に分かれるみたいですね。

どうもこの番組も某Wikiには記載がないようなので(汗)、分かってる範囲で番組の基本情報をここに書き記したいと思います。

(第1期)
・放送期間=昭和31年11月8日〜35年3月29日放送
・時間帯=木曜20時台後半(33年3月まで)→火曜20時台前半(33年4月以降)
・歴代司会者=洒井広(開始〜32年7月まで)→八木治郎(32年8月〜12月まで)→石井鐘三郎(33年1月〜35年3月まで)
・演奏:(主に)東京放送管弦楽団
・指揮:(主に)岩田一
(第2期)
・放送期間:昭和39年4月9日〜41年3月31日(ちなみにこの時期は「黄金のいす」の番組名で放送されていたらしいです)
・時間帯:木曜20時台前半
・司会者:宮田輝(39年4月〜40年10月まで)→司会者なし(40年10月〜終了まで)
・演奏:小原重徳とブルー・コーツ、原信夫とシャープス・アンド・フラッツ、東京放送管弦楽団、ほか
・指揮:(東京放送管弦楽団メイン演奏時につき、主に)藤山一郎

第1期は、(特に初期につき)基本的には歌謡曲・ポピュラーソング(ポップス・シャンソン・ジャズ)で活躍する作家・歌手がメインゲストとなる場合が多かったようです。ただ、石井鐘三郎司会期には(多分この時期にゲストの起用方針が変わったからなのでしょうが)ごいんきょさんが本文でも挙げておられる花柳徳兵衛のほか、花柳寿輔・竹本綱太夫・武原はん・西川鯉三郎・黛敏郎・團伊玖磨・SKD(松竹歌劇団)といった面々までメインゲストとして名を連ねていますので、多分、番組が「単なる歌謡ショー番組」から「貴重な至芸が楽しめる番組」へと評価が格段に上がったのもこの時期に入ってからのことだろうと思います。

一方、第2期はほぼ歌謡曲・ポピュラーソングが中心で1回目のメインゲストは古賀政男、最後の(通常編成での)メインゲストは万城目正(41年2月24日放送)。最後は「昭和の歌謡史を飾る人々」と題して毎回10組近くの戦前・戦中・戦後各世代の大物・人気歌手を一同に集めた特別企画を1ヶ月通しで放送して終了したようです。

尚、宮田アナが途中で司会を降板しているのは、この番組の後番組として木曜20時台で始まった「ふるさとの歌まつり」の製作準備に取り掛かるためだったものと考えられます。
2014/04/09(水) 05:16:40 | URL | (ハンドル未記入)
これはこれは、お疲れ様です。
そう。まだウィキペディアでは扱ってませんが、どうせ扱われたら検索最上位に行かれるんですがね(笑)。

この番組は、少なくとも第一期の頃は人気も高く、調査によってはお笑い三人組より上位だったりします。
紛れもなくテレビ史に残る番組ですが、昭和三十年代には、まだまだ埋もれた番組が多いですね。
2014/04/09(水) 07:12:16 | URL | ごいんきょ
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