私的 昭和テレビ大全集
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チャンピオン太 (1962)

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只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、漫画原作者の曙を振り返る、この番組です。





♪ ゴング一発 飛び出すコーナー
  白いマットにぶつかるファイト
  力と 技~の~ 爆発だー
  ヘッドロックだ飛行機投げだ
  空手チョップの一撃だ
  ぶちかませ! 体当たり!
  僕らはヤング・スポーツマン
  
  強く正しく鋼のような
  厚い胸板 王者の腕(かいな)
  世界に誇~る~ 火の玉だ~
  カムオン ライバル ファイトの鬼だ
  夢は宇宙を突っ走る
  僕たちの! にっぽんの!
  輝く星だ 力道山
  
  
と言う訳で、力道山が主人公のドラマという珍しい番組です。
いやいや、題名は『チャンピオン太』やないか。
『チャンピオン力』ちゃいまんがな。
という事で、力道山が主人公ではなく、あくまで主人公は太ですので。
主題歌は隅から隅まで力道山しか歌ってないですけどね(苦笑)。
昭和37年11月5日放送開始のはずなのですが、何故かウィキペディアも
テレビドラマデータベースも、違った日付を載せておりますね。
最初に新聞で告知された開始日は10月15日と、
なんだか情報が目茶苦茶に錯綜した番組ですが(笑)、理由は不明です。

原作者は、梶原一騎。
彼はスポーツ絵物語で身を起こし、漫画『鉄腕リキヤ』の原作でそこそこ名が売れ、
文字でも『力道山物語』を書いておりました。
『リキヤ』や『物語』で描いていたプロレス像は、
あくまでも真剣勝負を基とした、男同士の決死の戦い。
そうした或る日、梶原の家に福音の電話が鳴るのでした。
「わし、力道山です」

いつもプロレスを真摯に描いてくれて嬉しい、ついては直接お会いしたい。
こうした彼の申し出で、後の梶原の人生は決まったと言えましょう。
なぜ力道山は、ここまでの行動に出たのか。
実は力道山がプロレスをお披露目した当時、全ての日本人が、
それを真剣勝負として見ていたのです。
その証拠に、当初はNHKも試合を放送し、全国紙も結果を報じていたという。
しかし力道山が梶原に電話した頃には、既にプロレス=八百長という見方が出てきて、
相変わらず視聴率は非常に高かったものの、力道山には焦燥感も有ったのでしょう。
なんとか子供達に憧れの目で見て貰いたいという、熱意の表れでしょう。
力道山と交わり、梶原の身辺は俄に華やいだものとなりました。

そうした頃、少年マガジンの牧野初代編集長が梶原を訪ね、
かつて『鉄腕リキヤ』を一緒に描いた吉田竜夫との組合せで、
力道山を登場させる漫画の原作を担当して欲しいと梶原に依頼したのです。
こうして少年マガジン誌上で、『チャンピオン太』の連載が始まるのでした。
力道山に師事してプロレス道に精進する大東太が主人公で、
この名は時の西鉄ライオンズの英雄、中西太をもじったもの。牧野の発案のようです。
そうしてテレビ化となるわけですが、これにマガジン、日本プロレス、
そしてフジテレビといった面々がどのように絡んでいたのか、
検証できる話は、現在まで出てきていないと思います。

マガジン版のチャンピオン太は、テレビ化を受けて人気が上昇したようですし、
もしかすると最初から、テレビ化を前提に企画されていたのではとも思われます。
この番組の凄い所は、日本プロレス所属のレスラーが、大挙実名で登場する事。
何より凄いのは、力道山が普通に出ていたんですね。そりゃ主題歌になるわな(笑)。
以前に書いた『つんころ大助』で力士を登場させて好評だったため、
おそらく、フジテレビがそれのプロレス版を狙ったのだとは思いますが。
ここで問題の一つは、当時、日本プロレスを放送していたのは日本テレビです。
普通であれば、フジテレビに力道山はじめ日本プロレスのレスラーが出られるはずない。

プロレス人気に肖りたいフジテレビ側が最初に話を持ち出したと考えられますが、
いかに試合でないとはいえ、普通なら日本テレビの手前、フジに固定出演は有り得ない。
が、そこは超絶権力の力道山ですから、彼が決めれば大抵の事は通っていたのでしょう。
日本テレビとしても、力道山を怒らせて、肝心のプロレス中継そのものも
フジテレビに移すとか言われたらどうにもなりませんし。
ワタクシの推測としては、フジテレビが『つんころ大助』のプロレス版を企画した。
力道山は子供達にプロレスを広めたいと考えていたので、
その企画に乗って日本テレビもねじ伏せた、という感じだったのだろうと思います。

この頃は力道山の求心力が物凄いものだったので、スターレスラー総登場の体。
それどころか、大型新人として期待のジャイアント馬場、
更には、馬場と同時に入った、若き日のアントニオ猪木も。
ただ、この時の猪木、インディアンの化粧をさせられて、
死神酋長という悪役をさせられていた事は、もう結構有名になっておりますが。
主人公・大東太は、ノックアウトQという必殺技を使い、
これら強敵を倒していくわけですけど、そういう思い出話はあまり見なくて、
大体が力道山の話に、こちらも収斂されているんですけどね(笑)。

この頃が梶原一騎の第一次絶頂期で、しかしこの時の絶頂は短かった。
テレビ放映終了後、力道山、凶刃に倒る。
晴れの結婚式には力道山も出席する予定だったといいますが、そこに彼の姿は無く、
力道山と出会って開けた梶原の漫画原作者人生は、
力道山との別れで、一旦、閉塞路に入ってしまったかのようでした。
また売れない作家に逆戻り。

生活を支えるため夫人がホステスで得た金を渡すと、
梶原は突然に荒れ出し、夫人はたまらず乳飲み子を抱えて外へ飛び出しました。
しばらくして戻ってみると、チャンピオン太の主題歌をステレオで聞く、
梶原の後ろ姿を見てしまったのでした。
しかし、彼はまさしく自身の劇画主人公の如く、不死鳥の如しでありました。
真の名作『巨人の星』、そして『あしたのジョー』を産み出し、
日本漫画史上で比類無き、原作者としての足跡を残したのであります。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
うっすらとして、曖昧な・・・
この番組、見てたんですけど、記憶がはっきりしてません。太の役は、小学校4年生くらいの子がやってたと思います。力道山と同じタイツ姿で、大人と普通に試合してたんですよ。労働基準法にあきらかに違反してましたね。決め技は確か「飛行機投げ」だったと思うんですが、ほとんど毎回、師匠のような立ち位置で、力道山が出演していたはずです。
札幌では、日曜の朝10時頃やってような・・・
話の筋は全然覚えてません。以上、うっすらとして、曖昧な記憶の中から失礼しました。
2014/08/04(月) 01:49:53 | URL | みのモンタナ
労働基準法?(笑)
必殺技はノックアウトQですね。
北海道でもやっていたのですね。
2014/08/07(木) 20:15:13 | URL | ごいんきょ
毎週視ていました。
少年マガジンに連載されていた劇画のドラマ化した番組で、雑誌と同時に
TVドラマも視ていました。ただ半年ほどで打ち切りだったそうで、その終り方も唐突で、正直、(子供心にも)割り切れない気持ちでしたが(笑)…。少年レスラー・大東太がノックアウトQなる必殺技で次々に強豪をリングで撃破してゆく単純極まりないストーリーを、当時はワクワクしながら毎週の放映を心待ちにしていました。
少年誌の連載も、その後間もなく終了だったが、時期的には主人公・大東太の師匠である力道山が暴漢の凶刀に掛かって落命したのが、同じ1963年の12月(少年誌連載は同年の事件前、ドラマの終了は前年末)だったから、タイミング的には悪くなかったと思います。力道山氏には失礼だけれど…。
2016/11/19(土) 10:09:22 | URL | 建半
最後は唐突に終わったのですか。
あまり人気無かったのかな。
2016/11/20(日) 01:32:40 | URL | ごいんきょ
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