私的 昭和テレビ大全集
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ニッポン問答 (1961)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、外人タレントによる日本評の先駆けを振り返る、この番組です。





さあ、またまたWeb世界で初めてここが書き記す番組をご紹介しましょう(笑)。
少し前に『ここがヘンだよ日本人』という、いかにも日本人らしい変な番組が有った事は、
わりとご記憶の方も多いのではないかと思います。
これは、あの手の外人さんから見た日本という視点の、元祖。
昭和36年2月18日から放送が始まっておりますが、そのころ既に、
ラジオやテレビで外人タレントという存在が注目されておりました。
そこで、いわゆるタレントではないが、日本をよく知悉した外人さんに、
日本についての様々な事を評論してもらおうという番組でした。

第一回は「明日休診」と題して、丁度翌日にストによる一斉休診となる
医師会の問題を採り上げ、社会保障の問題や、ストに至る事情などを、
各国の事情などと照らし合わせながら考察しようというもの。
時の日本医師会会長、武見太郎も出演しました。
倅の敬三がCNNデイウォッチのキャスターとなった武見太郎は、
喧嘩太郎の異名も取り、自民党の圧力団体として日本医師会を縦横に扱った、
その世界での天皇とも称された存在でした。

その武見の言い分を聞いたのは、ポール・ランガーとジョセフ・ロゲンドルフ、李嘉の三氏。
後にJNNニュースコープのキャスターとなる、入江徳郎が司会を担当しました。
ポール・ランガーは、南カリフォルニア大学教授。当時滞日歴8年。
ジョセフ・ロゲンドルフは、昭和15年から上智大学教授を務めていたドイツ人。
李嘉は、中央通訊東京支局長。東大卒の中国人。
このような人々が真摯に語る日本像は、今よりも更に、
外国や外人にどう見られるかを気にしていた、時の日本人に概ね好評だったようで、
深夜0時過ぎに終わるのでは遅すぎるので、もう少し早い時間にして欲しいという要望も。

こうした外人さんを選出するために、プロデューサー二人が足を棒にして、
二万人を対象にしていたというのですから、正に選りすぐりの精鋭。
上記三人の他にお馴染みの顔触れは、ジャック・カンドウ東京外語大教授、
オーティスケリー同志社大教授、インドのラライン記者、プリングスハイム英国記者等々。
更にはソ連からも、大使館二等書記官ラブレンチェスが時々登場するなど、実に多彩。
日本テレビで放送していた『じゃじゃ馬億万長者』で娘役だったドナ・ダグラスも、
局と提供の三洋電機が招聘した際に、この番組にも出演したようです。
司会は後に、戸川猪佐武となったようです。

昭和38年6月30日放送は、「ゲル・ゼニ・マニーの使い方」。
そこでの資料で当時の日本人の貯蓄率が示されましたが、
それによると所得の平均15%を貯蓄していた日本人は、当時世界一。
ワタクシの記憶では昭和50年代までは間違い無くこうした報告が度々ありましたが、
最近はとんとこの手の情報を耳にしなくなってしまいました。
きっと、かなり貯蓄率が落ちたので、積極的に報じなくなったのでしょう。
第一次世界大戦後、ドイツを狂気のユダヤ人排斥に駆り立てた、
狂気の富の搾取と著しき貧富の差が、今般は世界的になり、
とうとう日本もその渦に巻き込まれつつあるわけなのですが。

昭和38年7月21日、125回の放送をもって、この番組は終わりました。
最終回はそれに相応しい、「日本よいとこ」。
22人もの外人さんが出演して賑やかな最後を飾り、
出演総計は、30ヶ国150人にのぼったといいます。
夜遅くのわりと堅めの番組でありながら、二年半もの放送となり、
しかも惜しまれながら、再登場を期待する声が幾つも有る中で終わるという、
今までテレビ史でまったく扱われなかったのが実に惜しい番組かと思います。
提供は、月刊雑誌の「評」という所だったようですが、今はもう無い感じですか。
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