私的 昭和テレビ大全集
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シャープさんフラットさん (1962)

該当番組画像募集


只今、個人誌『昭和テレビ大全集レコード版ライト 巻之弐』発売を記念し、
昭和三十年代の番組を特集しております。
その誌面で扱った番組に限らず、今ではあまり振り返られなくなってしまった、
テレビ黄金時代の幕開けを飾る、輝ける昭和30年代を、広く振り返ろうと思います。

この時代の番組実見談を語れる人は、ネット上では非常なる少数派です。
それがため、本当にテレビが熱気を持っていた時代の番組、
出演者に関する記述・記憶が、現今の劣化番組の情報再生産も有り、
どんどん掻き消されていってしまっております。
ぜひ奮って、皆さんのご記憶をお聞かせ下さい。
皆さんが楽しんだご記憶を、歴史の片隅に、ぜひ積み重ねて戴きたいと思います。

コメント欄も含め、全ての文責は当ブログ設置者が請け負っております。
どうか深く考えず、お気楽に書いてみて下さい。
記憶違い、不確かな話、今では表現規制されるような話、
昭和のテレビに関する話であれば、ここは、ほぼなんでも受け付けております。
往時を知る方の、一人でも多くのコメントでのご参加をお待ちしております。
今回は、音楽クイズの先駆けを振り返る、この番組です。





これまた意外や、昭和37年4月放送開始というのに、最初からのカラー放送。
NHKが放送していたクイズ番組の中では、非常に珍しい1対1形式のものでした。
この両者がシャープ(#)さんとフラット(♭)さんに別れ、
正解を答えることができたら5×5=25マスの電光板に自分の記号を1つ埋められる。
それがどこでも5個並んで1列完成すれば勝ちという、五目並べの要素が入っていました。
クラッシック、ラテン、ポピュラー、邦楽といった変化に富んだ曲種から曲を流し、
その曲名を正解すれば良いのですが、この判定はなかなか厳しかった。

例えば、「銀座カンカン娘」を「銀座のカンカン娘」とやっても不正解。
司会の尾島勝敏は、この辺の判定は厳然と対処していたため、
厳しすぎるという苦情も時々有りまして、特に揉めたのが昭和38年5月10日放送で、
「口笛吹きと犬」を「口笛と犬」と答えてしまった人が出た時。
ただでさえ、普通のクイズ番組ではオマケしてくれる場合も有りそうなくらいなのに、
この回答者さん、その誤答が連続3つ目だったのです。

3回続けて答えられないと失格になるという規則でしたので、
失格となったその回答者に同情した人と、やむを得ないとする人の、
紙上討論が繰り広げられる事態が有ったのですが、
このやり取りを見ていた当の出演者が両者にお礼を言い、自然と決着したのでした(笑)。
それほど審査が厳しかった理由は、勝者には賞が贈られていたから。
出場者には一律二千円の賞金が出ていたのですが、
5人勝ち抜くとミュージック賞として、1万円程のLPセットが贈られていたのでした。

当時、LPなんて物はかなりの贅沢品。そして1万円は、今の5万円の価値は有るでしょう。
それだけのものを目指して戦っている以上、判定も厳しく、
というのが、司会の尾島勝敏アナウンサーの姿勢でした。
出場希望者は、毎週60~100人くらいだったと言いますから、商品の割りに少ない感じ。
やはり当時はまだ、レコードを数多く聞いている人など富裕層だけだったのでしょう。
だから回答数にも自信が無いし、レコードもそこまで欲しくないといった感じですか。

プレーヤー自体は、丁度この頃から安い物が出回るようになり、
レコードの普及枚数は飛躍的に伸びていた頃です。
ただ、一人が買える枚数や曲種は、通常の場合、限られたものだったでしょう。
簡単に言えば、まだ日本人の音楽的素養は、非常に低いと言えました。
近年、また低下させる情勢になってきておりますがね。
予選は26~7曲のうち半分程度答えられれば合格だったようです。

本番では、先に書いたように3問連続で答えられないと失格となったため、
3問ごとに易しい問題を置くという配慮がされておりました。
出題はレコードからの場合も有りますが、演奏したのは寺島尚彦とリズム・シャンソネット。
クラッシックなどは長い期間のうちには何度か同じ曲も使われましたが、
使う主題・部位を替えるなどして対処しておりました。
ラッキー・メロディーという特別な問題も有り、これは問題を視聴者募集していて、
採用された場合は千円もらえました。昭和三十年代のNHKは、視聴者に金品も渡していたのです。
年に数回、ミュージック賞の人間を集めてチャンピオンの中のチャンピオンも決めました。

最初は金曜夜でしたが、途中から月曜お昼となり、夜の放送を希望する声も有りましたが、
最後までそのままで終わりました。
その頃には、親子・兄弟・友人などでの2人1組同士での対戦となっておりました。
ミュージック賞は3組勝ち抜きと、少し出易くしていたようです。
番組の最後には視聴者向けの宿題も有って、主として出場が難しい、
地方の人に好評で、数百から数千の回答が寄せられていたようです。
また、歌のゲストも一人出ておりました。

尾島勝敏は、法政大から昭和24年NHK入局。
とにかく正解の判定では様々な意見が来ていたようです。
「イストリア・デ・ウナモール」を「エストリア~」答えた人がいて、
これを正解にした時にも苦情の投書が(笑)。
ところがこの出場者、東北の人で訛りが有った訳です(笑)。
尾島アナはそこらを勘案して正解にしたのでしょうが、
視聴者にはその機微が通じず、いつもと違うだろとなったのでしょう。
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コメント
この記事へ寄せられたコメント
驚き
子供の頃よく見ていたが賞金や賞品が出ていたのは知らなかった のちにドレミファドンは完全に同番組のパクりですが
2014/04/28(月) 10:07:40 | URL | 桃ちさんだゆう
ミュージック賞というのが有ったのですよ。

うーん、パクリというのはどうですかね。
曲名当てというのは、それほど独特な発想とは言えませんし、
こちらは五目並べの興趣が有りましたから。
2014/04/29(火) 03:49:21 | URL | ごいんきょ
こういう系統の番組が民放発祥と思いきや、NHKが発祥というのが昭和テレビ史の奥深いところなんですよね(笑)。
レコード会社とかのバランスをどこよりも慎重に捉える公正中立な(汗)NHKが、恣意的に色んな音源を使ってイントロクイズをやるというのが意外。どこかから「レコードをこんな使われ方したらウチに所属してるの歌手を紅白にださんからな!」とかクレーム付けられたりしなかったんでしょうか・・・(笑)。

多分、後に平日の正午に枠異動したのは、1960年代初頭の頃まで、この枠が「お昼の軽音楽」とか「お昼の歌謡曲」と音楽番組が横並び一線でラインナップされていたことの影響なんじゃないでしょうかね。多分、クイズ番組という解釈ではなく”音楽ゲーム番組”という解釈でこれら番組と一潜りにNHKは扱っていたんじゃないかと。

2014/04/30(水) 14:43:54 | URL | (ハンドル未記入)
あ。イントロクイズではないのです。
例えばクラッシックなどでは主題部を流すわけですし、
歌謡曲なんかでも、イントロは流してないんじゃないかな。
そういう意味でもドレミファドンとは違います。

レコード会社は、やはり満遍なく選んでいたと思いますよ。

ああ、音楽番組をお昼に持ってきていたのですね。
2014/05/07(水) 02:05:44 | URL | ごいんきょ
視聴者問題で採用されました
ツイッターでこの番組のことが話題になり、
ネット検索してたどりつきました。
当時中学生〜大学生でしたが、欠かさず観てました。

北海道在住なので、回答者としての参加は断念。
そこで視聴者問題に投稿し、何度か採用されました。
確か「ラッキークイズ」と呼んでいたような気が?

採用作で記憶にあるのは、以下の2問です。

「次の2曲のタイトルにある色を混ぜると、何色になりますか?」
「ブルーシャトー」&「赤い靴」→答え:紫

「次の曲に関連する都市は?」
「会議は踊る」→答え:ウィーン

はっきりしませんが、確か♯か♭のコマが4つ並んだとき、
邪魔するように対戦相手がコマを入れると、
この視聴者問題(ラッキー)が出されたような気が。

採用された場合の報酬はお金ではなく、確か
NHKのロゴが入ったアルバムでした。
(最初はお金だったのかもしれませんが)
いまでもこのアルバムは持っています。

売り出し中の歌手がゲストとして問題を
歌うことがあり、森進一と由美かおるが
デビュー直後に出たのを、よく覚えています。
森進一は「鹿児島おはら節」を、
由美かおるは「レモンとメロン」を歌っていました。

また何か思い出したら、書かせていただきます。
2014/11/05(水) 00:20:17 | URL | トムノ
いやあ、非常に貴重なお話を有り難う御座います。
やはり当事者証言が最も記憶も鮮明でしょうからね。
どんな感じの問題が出ていたのか、かなり掴み易くなりました。

初期には千円くれていたようですよ。
残念というか(笑)。
アルバムもいいですね。

由美かおるさんのデビュー直後という事で、昭和42年、
既に番組も末期に近い頃ですね。
また思い出しましたら是非お教え下さい。
2014/11/09(日) 09:19:55 | URL | ごいんきょ
題名
錯覚するような題名の歌がありました、例えば黛ジュンの「土曜の夜何かが起きる」です。
歌詞は「土曜日の夜何かが起きるの」で歌詞に引っ張られて”日”を入れるとアウト。
青江三奈の「池袋の夜」も歌詞では「夜の池袋」でこれも歌詞に引っ張られるとアウト。
2015/08/30(日) 20:59:27 | URL | さざんくろす
本当に、その手の間違いは多そうですね。
最初の例では、最後に「の」を付けても駄目ですね(笑)。
2015/09/09(水) 00:29:43 | URL | ごいんきょ
すごい人
この番組のことをふと思い出し、検索するとなんとありました。この番組の出場者で記憶にあるのが、お名前なんかは憶えておりませんが、とにかくクシックがめっぽう得意な女性の方でした。音が聞こえるかどうかで、どんどん正解していってチャンピオンになったように思います。クラシックに接したことのない田舎者(おまけに貧乏人)でしたのでこんなひとがいるんだと感心しました。
2016/10/01(土) 17:15:35 | URL | 田舎者
音大生とか、それを目指せるくらいの人なら当然だったんでしょうけどね。
その頃おはレコードを聴くこと自体がまだ庶民に普及し始めですから、衝撃は大きかったでしょう。
間違い無く富裕層のお嬢様ですね(笑)。
2016/10/04(火) 07:09:37 | URL | ごいんきょ
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